テレビをこじらせた東京福袋が書いたノンキなテレビコラム集。

映画の感想文「洟をたらした神」

キュウコンエンドウ

神山征二郎監督、1978年公開。

福島県いわき市出身の作家・吉野せいの同名原作を脚本・新藤兼人、監督・神山征二郎が映像化。大正から昭和にかけ、東北の寒村に開拓農民として入り、妻として、母親として、そして文学者として生きた吉野せいの”女の一生”を力強く描いた秀作。当初、本作はテレビ用映画として放送が予定されていたが、撮影途中で製作・放映が中止。だが、その後近代映画協会が自主製作の形で完成させ、原作者・吉野せいの地元である福島県で限定的に上映された。「日本映画専門チャンネル」公式サイトより)

樫山文枝演じる吉野せいが教師時代に開墾農業を一人で営む風間杜夫と知り合って結婚、不便な山での新婚生活開始、ぽこぽこ出産(内一人死亡)、福島での開墾に見切りをつけた友人河原崎建三が北海道へ行ったはいいが食い詰めて戻ってきたもののあっけなく死亡(ナレーションで処理)、長男に2銭のヨーヨーをねだられるが貧乏で買えず結局長男がその辺の木であっという間に手作り、長男出征、終戦後長男帰宅、夫が死亡して葬儀に一家集合するまでを、まるで予告編かダイジェスト版のように猛スピードで描く。

30分ほど見た時点で感じた「もしやこれは何も起こらない映画なのでは…」という悪い予感は的中。主人公夫妻を含めすべての登場人物の人物描写が薄すぎる為、どこにも誰にも感情移入できない。苦しい開墾生活も子沢山の貧困も戦争も全てがあっさり。

近所のアメリカ人捕虜収容所から通訳の大泉滉とアメリカ兵が二人してクリスマスツリー用の木を探しにきた時に農作業中の樫山文枝が兵士に一杯のお茶を差し出すというエピソードがあるのだが、この伏線は終戦の際にアメリカ兵が帰国の挨拶に来てタバコをくれるというシーンでなんとなく回収される。再会の喜びとか昨日の敵への怒りとか国境を越えた友情とかクリスマスにまつわる思い出とか、ドラマティックな展開は一切なし。

また、風間杜夫の葬儀のあとで兄弟で浜辺で相撲をとるのだが、子役時代に兄弟姉妹の性格やそれぞれの関係性などを描いていない上にこのシーンで初登場の大人になってからの俳優達が唐突に仲良くわいわい遊んでいるのでビックリする。

すべてこんな感じ。近代映画協会らしい味のある名優達が顔を出してはすぐ消えていき、すべてのエピソードがさらさらと小川のごとく流れていく。

放送した日本映画専門チャンネルの説明には「”女の一生”を力強く描いた」とあるのだけれど、スピーディに描いてはいるが決して力強くはなかった。これだけのエピソードを85分に収めたのはある意味力強いというか剛腕と言えるかもしれないが。かの名匠新藤兼人の脚本によるものとは思えぬ淡白な作品。【み】