テレビをこじらせた東京福袋が書いたノンキなテレビコラム集。

映画の感想文「大魔神」

岩山

安田公義監督、1966年。

昔から見よう見ようと思いつつ見そびれていた1本。「少女泣く→大魔神怖い顔になる→悪者やっつける→大魔神優しい顔に戻る」という程度の予備知識のみで鑑賞開始。
まず驚いたのが、時代劇としてかなりちゃんとできていること。この映画が作られた頃の撮影所はセットも衣装も小道具もよく揃っているしスタッフも俳優も時代劇に慣れているので、お子様向けに時代劇を作っても自然とちゃんとできてしまうのだろうと推測する。

山に封じ込めた大魔神を信仰しているとある国で起こった家老一派のクーデター。殿様が殺されてしまったので、まだ幼い若君と姫君を家臣の藤巻潤が連れて逃げる(この若君は「マグマ大使」でガムを演じていた二宮秀樹くん!)。

それから10年。藤巻潤の叔母の巫女に匿われていた若君は可愛い二宮くんからスネ夫のような青山良彦になり、姫君は美しい高田美和に成長している。
一方、領民はクーデター家老の左馬之助による圧政に苦しんでいる。左馬之助成敗を志す若君のために藤巻潤が城下に偵察に行くが、あっという間に捕まってしまう。そこで叔母の巫女が左馬之助の元へ出かけて「このままでは大魔神のバチが当たる」と意見するのだが、「大魔神の神罰があるなら見せてみよ」などと嘲笑されてこちらもあっという間に斬り殺されてしまう。それでいいのか藤巻潤一族!

左馬之助は領民の信仰が厚い大魔神像の破壊を家来に命ずる。
破壊に行く途中で家来の遠藤太津朗(辰雄)が高田美和を見つけて捕獲。そして大魔神像を壊そうとして額に釘を打ち込んだら真っ赤な血が流れてきてビックリしている間もなく空で何か光って嵐が巻き起こって家来全滅。
そのままお城へ向かう大魔神、磔刑寸前だった若君と藤巻潤を助けた後で額にささっていた釘を抜いて逃げ惑う左馬之助の胸にずぶり。さらに大暴れを続ける大魔神に高田美和が「私一人を踏み殺してお鎮まりください」と泣きながら祈りを捧げた途端、大魔神の怒りの形相は元の優しい顔に戻りそのまま崩れて土に戻っていくのだった。

しかし、出てくる奴出てくる奴、皆とにかく迂闊である。
藤巻潤が若君と姫君を匿っていることはわかっていながら、その叔母の巫女の家は見張っていないという迂闊さ。クーデター家老左馬之助の圧政を何とかしたいので単身城下へ行くという向こう見ずな若君を押しとどめ偵察に行ったはいいが、顔が割れていてすぐに捕まる迂闊な藤巻潤。帰ってこない藤巻潤を案じて一人で城下に行き左馬之助の罠にハマってまんまと捕まる迂闊な若君。甥っ子のピンチだというので大魔神の祟りをひっさげて左馬之助に直談判に行って斬り殺される迂闊な巫女。左馬之助の家来衆から身を隠して逃げている最中に母の形見の鈴を落とす迂闊な高田美和。

このように誰も彼もが迂闊な中、一人冷静なのが左馬之助の重臣の遠藤太津朗である。上には媚びるが下にはやたらと厳しいとかゲハゲハ笑いながら女に無理やり迫ったりとかのいつものゲスい太津朗ではない。
領民に化けて偵察に来た藤巻潤を素早く発見する観察眼と記憶力。山中に落ちていた鈴を見つけて身分の高い女性の持ち物だと一目で見抜き、高田美和が近くにいることを部下達に告げる有能な男、それが今作の太津朗である。
悪辣ではあるが決してバカではない。もしも良い殿様に仕えていれば立派な侍として見事な一生を終えたであろう。仲代達矢とか天知茂あたりが演じたらハマりそうなクールな役なのだった。

さすがは特撮映画の名作として語り継がれている作品、評判通り面白かった。
領民を無理に働かせ反逆者は斬り殺す左馬之助一味による圧政は残酷だが、描写は存外さらっとしている。捕まった藤巻潤の拷問シーンもあっさり風味。一番のショックシーンは左馬之助が大魔神に殺されるところだが、釘で貫かれるその瞬間は見せない。高田美和を捕らえて遠藤太津朗が舌なめずりするとか強引に着物を剥ぐとか処女の生き血をどうしたこうした的なエログロな展開もない。子供向けに作られているせいか、どぎつい表現を避けたことが時代劇としての格調の高さにつながったような気がする。

憤怒の表情に変化した大魔神が城下を襲い、物見やぐら越しにジロリとこちらを見るシーンの恐ろしさよ。そして元の埴輪のような素朴な表情も案外怖い。リアルタイムで見てなくて本当によかった。間違いなく夜泣きしていたよ4歳の私。【み】