「夕日に赤い俺の顔」と大久保射撃場

「夕日に赤い俺の顔」(1961)を観た。
脚本:寺山修司、監督:篠田正浩、主演:川津祐介とスタッフ・キャストともに豪華で、オープニングも少しシャレていて期待したのだが「軽妙なコメディ」と称賛するには軽さが足りなかった。

篠田正浩自身は「あの作品は日本のポップ・アートとしても最初の映画だったと思うし、日本であれだけ妙ちきりんの映画はないと思うな(笑)」(篠田正浩「闇の中の安息 : 篠田正浩評論集」1979 フィルムアート社)と大変自信をお持ちのようだが、“ポップ・アート”というには山本直純の曲も含めて鈍重だし、妙ちきりんで言えば同年の小沢茂弘監督の「アマゾン無宿 世紀の大魔王」の方がはるかに妙ちきりんであろう。

さて、篠田の悪口はここまで。

映画の中で8人の殺し屋がアジトにする施設が登場する。
コンクリート製の巨大な下水管か、戦闘機を隠す掩体壕えんたいごうのようなものを広い敷地にいくつも並べたような施設だ。
これは何か。どこにあるのか。

下水管を並べたにしては円形ではないし、掩体壕だとすればこんなに目立ちやすくするはずもない。弾薬庫とも違うようだ。
舞台は横浜。だとすれば横浜にあったのか?

色々調べる一方でもう一度映画を見直してみると、こんなシーンを見つけた。
平尾昌晃が歌っている背後にある黄色い立看板。

RESTRICTED AREA 制限区域
U.S. ARMED FORCES RANGE 米軍射撃場
OFF LIMIT コノ先立入禁止

米軍の射撃場だったのだ。

横浜や都内にあった射撃場を検索するうち、それらしきものを見つけた。大久保射撃場である。

大久保射撃場は新宿区戸山付近の軍用地いわゆる「戸山ヶ原」にあったもので、全長300mのトンネルが7本並んでいたという。米軍の接収や国有地化を経て現在は早稲田大学理工学部のキャンパスになっている(早稲田ウィークリー「〜第15回〜 陸軍射撃場―西早稲田(旧大久保)キャンパス」https://www.waseda.jp/inst/weekly/column/2011/12/08/56977/)。

1945〜1950年の航空写真(国土地理院「地理院地図」を一部改変)
現在の状況(国土地理院「地理院地図」)

私は1960年生まれである。少なくとも生まれた時には、東京の風景の中にこの巨大で異質な建造物がまだあったわけだ。馬場下に住んでいた年上の従兄弟はこの建物を知っていたかもしれない。

昔の東京には当時の人にとっては当たり前でも、今の私が知らない風景がまだまだ拡がっていたのではないか。【吉】

〈参考〉

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