映画の感想文:「喜劇 “夫”売ります!!」

U-NEXTにて「喜劇 “夫”売ります!!」(1968年 / 瀬川昌治監督 / 東映東京)を鑑賞。
タイトルの頭に「喜劇」と付いているので、てっきり松竹の森﨑東監督による「喜劇 女は度胸」とか「喜劇 女は男のふるさとヨ」あたりのシリーズだと思って見始めたら、あにはからんやこれは東映作品。
ヒロインこそ東映のスター女優佐久間良子だが、主人公は日活と東宝で活躍していたフランキー堺だし、ストーリーを大きく動かす重要な役を演じるのは大映の川崎敬三だし、原作に東宝の大御所作家花登筺が名を連ねている謎の多国籍軍。
東映東京の映画なのに舞台は三重県伊賀上野市だったり、原作者に花登筺と岸宏子と二人の名前がクレジットされているのも何とも不思議だ。

目次

忍者の里は組紐の里

女性たちが絹糸を組紐に組み上げていく映像が流れる。
ウィキペディアによると、組紐はかつては刀剣の飾りとして珍重されていたらしい。現在は和装小物の帯締に主に使われている。

ナレーションでこの映画の舞台である伊賀上野が紹介される。
この街の産業は組紐と酒だがほとんど世間には知られていない。なぜなら組紐は京都の西陣織として売られ、酒は灘に運ばれて灘の生一本のレッテルを貼られるから。

つまり、皆他人の隠れ蓑になっている。そもそもここは伊賀忍法発祥の地。今でも街の者の体には忍者の血が通っている。「言うならば御庭番の精神ですな」とナレーターは言う(たぶんナレーターは芦屋小雁)。ちなみに「御庭番」というのは八代将軍徳川吉宗が設けた将軍直属の隠密のこと。
忍者の里だから情報の伝達がとにかく速い。何か変わったことがあると本人が気づかぬうちに街全体に噂が広まってしまう、という設定。

佐久間良子のとろけるような美しさ

地元の天神祭を視察にきた奥方様(佐久間良子)

伊賀上野きっての資産家である神代家の当主里子(佐久間良子)と神代産業の運転手として働く山内松雄(フランキー堺)を中心にストーリーは進行する。

美貌の当主佐久間良子はこれまで夫と二度死別している未亡人で、この街では人々に「奥方様」と呼ばれている。まるで城主の奥方か姫君のようにふるまう佐久間良子は、フランキー堺のことを「ヤマノウチ」と呼び捨てにする。

大きな瞳、ぽってりとした唇。
佐久間良子がとにかく美しい。
砂糖細工のような甘い可愛らしさと大家たいけの当主としての臈長ろうたけた貫禄。
モノクロで撮影された十代の頃の清純な美しさも魅力的だったが、この作品では二十代後半の佐久間良子の濃厚な美貌が彩度高め赤み強めの東映カラーで絢爛と咲き誇る。

伊賀上野の人々

一方、フランキー堺が演じる山内は冴えない男だ。
彼の代表作「幕末太陽傳」で見せた口達者で機転が利く身の軽いキャラクターではなく、強烈な母の嫁いびりを止めることができず妻にしか威張れない垢抜けない不器用な男。

山内の妻なつ枝に森光子、山内の役所勤務の弟杉雄に芦屋小雁
映画前半までの森光子は姑の執拗な嫁いびりと貧困に苦しむ地味な妻だったが、後半になると数字に強い非常に聡い女であることが明らかになる。
弟の芦屋小雁はドラマ版「裸の大将」の雁之助、小雁、雁平の芦屋三兄弟の次男。ホラーマニアとしても有名だった。おなじみの粘り気のある幼い喋り方ではなく、さっぱりと感じの良いごく平凡な男である。

神代産業の支配人であり当主の佐久間良子を支える番頭格の石上三之助に多々良純。多々良純といつも一緒にいるよね(多々良の妻?)に浦辺粂子。「いるよね」と問いかけているのではなく「よね」という役名です。
このふたりが佐久間良子を浮世離れしたお姫様のように育てあげた張本人と思われる。

神代家の財産で大きなホテルを建て支配人になり大儲けを企む、多々良純の息子で副支配人の石上弘に川崎敬三
今年の「THE SECOND」で決勝に進出したザ・ぼんちの1981年のヒット曲「恋のぼんちシート」に登場する「そーおなんですよ、川崎さん」の川崎さんである。
川崎敬三の恋人でホテル建設計画に加担する神代産業の事務員二条きく子はショートヘアがよく似合うウルトラキュートな橘ますみ

激烈な嫁いびり

フランキー堺の家は、母ぎん(安芸秀子)、妻なつ枝(森光子)、6歳ぐらいの女児アツコの4人暮らし。
嫁いびりをする母といつも憂鬱な顔をしている妻がいるフランキー家はどんよりと暗い。
そして、フランキー家の家計は厳しい。
組紐の内職をし1円2円で汲々としている森光子の苦労をよそに、親しい珠算教室の先生(田武謙三)をもてなすため姑安芸秀子が平然と散財しているからだ。
今日も森光子がアツコにねだられようやくの思いで買ったリンゴ1個を遊びにきていた田武謙三に土産に持たせてしまった。

田武謙三を見送った安芸秀子は家に帰ってくるなり森光子をどやしつける。

「なつ枝、あんたわしに恥かかす気か! 天神祭にタコはつきものや。なんじゃ、タコも買わんで。そりゃイカじゃ! 」
「タコが高かったもんで……」

天神祭にタコがつきものだから値が上がっていたのだろう。
どんよりと食卓を片付けている森光子安芸秀子はねちねちと責める。食べかけのイカの皿を下げようとする森光子にさらに追撃をかける安芸秀子。

「あーっ、まだ三切れ残っとったぞ。明日の朝食べるでのう。こんなこと言うとうないがのう、あの南出はわしの一番の茶飲み友達じゃ。それにリンゴひとつ渡すのに不機嫌な顔して!」。
「けど、明日の朝ないとこの子が泣きます。買うてくれ買うてくれ言うのを祭まで言うて、やっとひとつ買うてやったら食べんと抱いて寝てましたから」と、疲れた顔で言い返す森光子。
「そしたらまた買うてやったらいい!」
「お金があったら買います」
「なに? あんたわしにさからう気か?」

ここで安芸秀子のトーンがぐっと上がる。片付けをしている森光子の後を追いながら怒鳴り上げるのである。

「なんじゃその顔は! だいたいあんたを嫁に貰うたのはなんでだかわかるか? 物もない金もない、ないない尽くしの女でもその代わり口答えもない、たーったひとつあるのは辛抱じゃちうて仲人さん言うから貰ったんじゃ! その辛抱どこいった!」

そこへフランキー堺が帰ってきた。
すると安芸秀子フランキーに駆け寄り、腕にすがって弱々しい声音でこう言うのである。
「杉雄〜、わし今のう、あのなつ枝さんにやりこめられとったんじゃ」。

それを聞いたフランキーが「もう、ええじゃないか。祭の晩じゃ」と母の訴えを退けようとした途端、安芸秀子の導火線に火が付いた。

「祭だったら嫁が姑にずくずく言うてええのか!」

苛烈な勢いのついた雷鳴のごとき怒鳴り声。呂律が回っておらず「ずくずく」と聞こえたところは「ずけずけ」と言っているのかもしれない。フランキーはビックリして首をすくめている。
恐ろしい。見ているこちらも首をすくめたくなるほど恐ろしい。
そして、「わし、隣で風呂貰うてくるでの」とごく普通のテンションで言う安芸秀子
「のう! 隣の嫁さん組紐作って、ご亭主も勤め人、それでどうして風呂があるのかのう!」と嫁をひと煽りして隣家へ出かけていくのだった。

我々はよく杉村春子が怖いとか沢村貞子が怖いとか言って震え上がっていたものだが、このふたりとはタイプの違う怖い姑。
デカい声はダイレクトに怖い。激怒すると早口になり呂律が回らなくなり声のトーンが急上昇するところも本当に怖い。嫁と息子とでは態度を変えて嘘を吹き込むというのは嫁いびり的にはオーソドックスな手法だが、相手にしてくれないと見ると息子にさえ理不尽な雷を落とすのが怖い。

この過激な母を演じた安芸秀子は、検索したところ、1909年2月19日に東京市浅草区(現在の東京都台東区)に生まれ、旧芸名は黒木ナナ子、「東京芸術座」や「日本喜劇人協会」に所属し、舞台を中心に活動していた女優。
KINENOTEによると映画はこの「喜劇 “夫”売ります!!」(1968 / 東映)の他、「荷車の歌」(1959 / 新東宝)、「我が青春」(1965 / 松竹)、「尼寺博徒」(1971 / 東映)、「快感旅行」(1972 / 松竹)に出演している。
没年はわからなかったが、テレビ朝日系「土曜ワイド劇場」枠で放送された1996年7月20日放送の「女調査員おでん屋「ぽんた」探偵局」(1996年7月20日 / 朝日放送テレビ製作)の第1話に出演しているので90年代なかばまでは女優として活動していたことがわかる。

副支配人の陰謀

恋人の橘ますみに儲け話の計画を打ち明ける副支配人川崎敬三
それは、橘ますみに組紐の問屋をやらせるというもの。神代家が管理している組紐の儲けを横取りしようという計画だ。

「たとえば、キミが調べてくれた腕利きの織り子を集めて小売値で1本4000円の組紐を織らせたとする」。
「手間賃300円! 糸代加えて原価は500円や」とすかさず話に乗ってくる橘ますみ
「それをな、直接京阪神の小売店に1本1500円で卸す」。
1本売れれば1000円、10本売れれば1万円、月3000本で300万円の儲けになる。
「さんびゃくまん!」と目を丸くする橘ますみが大変可愛い。

「神代産業で建てるホテルのレストランやバーの権利は僕が貰う。その利益が100万は下らない。それから業者からのリベートや何やかやが100万、月に合わしてみんなで500万や!」と悪い顔をする川崎敬三。「1年で6千万、5年で3億、10年で6億や!」。
それを聞いて「ブルジョアだ」と泣き出す橘ますみ

だが、「そのホテルいつ建つの?」と橘ますみに聞かれて口ごもる川崎敬三
「まだ奥様に何も言うてへんわ……」。

さて、神代家では支配人の多々良純浦辺粂子がこそこそ相談していた。
最近奥様が不機嫌だ。どうしたら良いのか。また婿を貰って死なれたら「男殺し」と噂がすぐに立つ。
そこへ「打開策がある」と声をかけたのは川崎敬三

「奥様に特別の男を提供するんですよ!」とうきうきとした顔で提案する川崎敬三
「バカ! そんなことしてみぃ、たちまち町中が騒ぎ立てる。この街は忍者の町なんやで」と叱りつける多々良純に「漏れなきゃいいんでしょ、秘密が」と川崎敬三は得意顔。
未亡人だからどうせ欲求不満であろう、男をあてがえば夢中になって会社の経営に口をはさまなくなるであろうという目論見。

「特別な男」とはもちろんフランキー堺だ。
フランキー佐久間良子と小学校で同級生だったこと、そして佐久間良子を崇拝していることはリサーチ済みである。
フランキーとふたりきりになった川崎敬三は「奥様もただの人間だ。裸と裸でぶつかりあえば何とかなる」「これは神代家にとって大事なこと」と説く。
フランキーは驚いて帰ろうとするが、川崎敬三は彼を引き止めさらに言う。「観光資源の多い伊賀上野にレジャー施設を作れば観光客であふれかえる」「神代家に今一番必要な仕事、それは観光産業」。

「この計画に金を出し、決定を下すのは奥様や。だが、その奥様を動かせる男、それが君しかない! それが神代家のため、奥様のためや!」

「奥様のため」という言葉に心を動かすフランキー堺

フランキー堺をマッサージの達人と偽り、就寝前の習慣のマッサージをさせるため白衣を着せて“欲求不満”の未亡人、佐久間良子の寝室に送り込んだ。
本来ならば神代産業の下っ端運転手であるフランキーが奥方様の寝室に入るなどおそれおおいことなのだが、川崎敬三に言い含められているフランキーは布団に横たわる寝間着姿の佐久間良子を恐縮しながらも必死にマッサージする。フランキー堺をうるんだ瞳で見上げる佐久間良子
その夜以来、フランキー堺は神代家に入りびたりになった。

マッサージをするフランキーを見つめる佐久間良子

手を握る、顔を寄せる、見つめ合うといった男女の恋情が行き交うシーンは何度も出てくるのだが、そのものズバリのシーンは見せない。
果たしてこのふたりは男女の関係になっているのか?
“欲求不満”の未亡人の佐久間良子と彼女を崇拝するフランキー堺がずっと一緒にいたら当然「デキてる」と想像するもよし、映画で描かれた通りふたりの間に性的な関係は結ばれなかったと見るもよしだと思う。

“夫”売ります

とはいえ、これといった能があるわけでもないフランキー堺が家にほとんど帰らず神代家に入りびたっている様子を見て、佐久間良子と「デキてる」と思われても不思議ではない。ふたりの噂は光の速さで伊賀上野をかけめぐったことだろう。なにせ忍者の里だから。

フランキー堺の衣服やポケットに入っていた手ぬぐいから白檀の香りがすることに気づいた妻森光子
天神祭の日に佐久間良子から貰った祝儀袋にしみこんでいた匂いと同じだ。
昼寝しているフランキーの鼻に白檀の香りがする手ぬぐいを近づけてみる。すると「奥様、またですか、今夜はこらえてください」と不穏な寝言を言う。
森光子は夫が佐久間良子と関係を持っていることを確信する。

安芸秀子からの嫁いびりにも嫁いびりから守ってくれない頼りないフランキーにも、疲れた顔でひたすら忍従を貫いていた森光子が覚醒した。
神代家に乗り込み、「夫を買い取ってほしい」と佐久間良子に直談判したのだ。

「この人、ウチにいたかて何の役にも立たしません。ウチが姑にいじめられたかてかぼうてもくれん。こんな人と暮らして一体何の得があります? それより、ここにおったら奥様のお役にたっとるようですし、そやから買うてほしいんです。もし、要らんいうのやったら『ウチの人は神代様のお手つきじゃ』言うて上野の町中に言いふらしてやります。そんなことより要らんとこから要るとこへ売ったほうがええと思いますけど?」

これまで見せていた暗い表情ではなく、晴れやかな笑顔で佐久間良子に突拍子もない商談を持ちかける森光子
唖然とする佐久間良子。嘆き騒ぐフランキー堺

「ねえ奥様、この男、50万でどうですやろ?」
「わかりました。この人を買いましょ」

商談成立。
あっけなくフランキー堺は50万円で売られてしまった。

日本銀行の「昭和40年の1万円を、今のお金の価値に換算するとどの位になりますか?」というページによると昭和40年と令和6年の消費者物価指数は4.6倍なので、当時の50万円は今の230万円となる。
人間ひとり売り飛ばすにしては意外と安い。だが、娘にリンゴ1個すら買ってやれない森光子にとっては立派なまとまったお金だろう。

佐久間良子は「支配人、ヤマノウチの奥さんに50万お渡し」と部屋の外で待機している多々良純に声をかけ、森光子には「帳場で受け取ってください」といたってビジネスライクに告げる。

大喜びの森光子は、夫との籍は抜くしこの件は一切口外しないと佐久間良子に約束し、フランキーにはもう家に帰ってくるなと釘を刺す。
「何を言うとんのや、わしの家や」とフランキーは狼狽するが、「わての働きで今までもってきた家や。せやよってわての家や」と森光子は涼しい顔。
「まあ、せいぜい大事に扱こうてもらい」と言い捨て、意気揚々と帰っていくのだった。

逆転の狼煙

フランキー堺の家は森光子のものになった。
となると、一緒に住んでいた姑安芸秀子はどうなるのか?
まさか今まで通り森光子と同居? あるいは次男の芦屋小雁が引き取る?

で、どうなったかというと、フランキー安芸秀子の茶飲み友達の田武謙三に「母を預かってほしい」と頭を下げたのだった。
田武謙三は「お母さんを預かってくれと言われてもね、嫁さんと別れた理由がわからんではのう!」と叱りつけるし、安芸秀子は横でギャンギャンわめいている。
だが、理由など言えるはずがない。フランキーは「何にも聞かんどいてください」と畳に額をすりつけることしかできない。

そこへフランキーの弟芦屋小雁森光子安芸秀子の荷物を持ってやってきた。
「嫁が夫を追い出すなんて逆だろう」と森光子を咎める田武謙三、「わしのウチはあそこじゃ! わしゃ姑じゃぞ!」と激怒する安芸秀子
「婿がおったら姑やけど婿がおらなんだら姑あらへん!」と堂々と正論で返す森光子。

さらに、田武謙三に対し「今日までこのおぎん婆さんがわての手内職で先生のとこに貢いだ分」を請求する。もう嫁姑の間柄ではなくなったので呼び方も「お母さん」から「おぎん婆さん」に変わっている。
森光子は部屋にあったそろばんを田武謙三に渡し、これまでの掛かりを書きつけた手帳を読み上げて計算させた。田武謙三は珠算塾の先生だから任せて安心である。

「ご破算で願いましては、コロッケ5個で100円なり、スルメが5枚で35円なり、天ぷら5個で90円なり、かまぼこが2枚で100円なり、リンゴ1個15円、みかん10個で200円、煎餅が30枚で300円で、煙草が5個で350円、酒が12合が970円で、ふかしパンが30個で300円なり。それと大口では先生のズボンの仕立て直しと立替え代、あれが2000円、それからウチからこっそり持って出た組紐代が5000円」

立て板に水で読み上げる森光子。姑が茶飲み友達に貢いだお金は締めて9460円。
続いて弟芦屋小雁から貸していた「洋服の月賦1500円」を取り立て、総額10960円を取り戻した森光子は唖然とする皆を尻目に「ほな皆さん、おやかましゅう」と満面の笑顔で去っていくのだった。今や誰も森光子を止められない。森光子アンストッパブル!

有限会社伊賀くみひも店

森光子は自宅を仕事場に改造し、たくさんの織り子を雇って社長におさまった。
フランキー堺の嫁だったころの地味な服装から今は高価そうな和服を着こなし髪もきれいに結い上げ、今日は初詣に行ってきたのか娘のアツコも晴れ着姿だ。

できあがった組紐を取りにきた橘ますみはこの様子を見てビックリ(橘ますみは自転車で町を回ってあちこちの家から内職で仕上がった組紐を集め神代産業に届ける仕事をしている)。

森光子橘ますみに儲け話を持ちかける。
ふたりで組紐の問屋を作ろうというのだ。

「有限会社伊賀くみひも店、うちが社長であんたが専務でセールスマンや。どや?」

川崎敬三と組んで不正に儲けを得ていることはバレていると言われ、狼狽する橘ますみ
ただそんなことはどうでもいい、私が欲しいのはあんたの顔と体だと森光子は言う。小売屋の主人はいつも女に頭を下げているから若くて綺麗な女性の外交さんが頭を下げにきたら喜ぶのだと。

「色仕掛けで売れというのですか?」と橘ますみは気色ばむが「持ってるもんは使わな損や」と森光子はあっけらかんと応える。
だが、体は安売りしてはいけない、体はお金を稼いでから売るものだと説く。
今は恋人の川崎敬三とは副支配人と事務員の間柄なので上下関係があるが、「自家用車でも持ってみいな、今度は社長さんに好かれな損やと思うようになるで。高売りするためにはお金持ってんとあかんのや」。
納得顔の橘ますみ
数字に明るく忍耐強く決断力のある森光子と顔が広く諜報能力抜群で若くて可愛い橘ますみが手を組んだら鬼に金棒だろう。

この映画は、浮気をされた妻が浮気相手に夫を売るという奇天烈な取り引きがテーマのコメディではあるが、女性の開放と自立こそが真のテーマのように思える。
夫と姑に虐げられていた森光子、神代家の副支配人に便利な道具のように使われていた橘ますみが、フランキー堺を売った50万円を元手に自立する話である。

神代家絶体絶命

川崎敬三から提案された観光ホテル建設計画に、佐久間良子はゴーサインを出した。
初めて自分の頭で考えてOKを出したのだという。これもまた「女性の自立」の一步であろう。

ついに川崎敬三の念願がかなう日がきた……と思ったら、佐久間良子はホテルの支配人にフランキー堺を指名した。
こんなはずではなかった。ホテルの支配人になって業者からリベートを受取り大儲けするつもりだった。しかも共に陰謀をめぐらせていた恋人の橘ますみ森光子の会社へ行ってしまった。失望する川崎敬三

一方、下っ端の運転手からホテルの支配人に出世したフランキー堺は意気軒昂である。
黄色いヘルメットをかぶって建設現場を見回ったり、佐久間良子に現場を案内したりしている。

だが、問題が発生した。
住民から反対運動が起こったのである。

「神代桃色ホテルを追放せよ」
「文化都市上野を守れ! エロホテル絶対反対!」
「ハレンチホテルの建設をゆるすな!! 」
「神代観光ホテルはエロサービスが狙いだ!」

こんな文言が書かれたチラシが町にあふれかえった。
路線バスの車体にまで貼られている。
伊賀出身の松尾芭蕉の像も「神代桃色ホテル建設絶対反対」というプラカードを担がされている。

さらに町内に怪文書が出回った。
いわく「神代里子と山内杉雄に淫らな関係あり」。フランキー堺の写真付きである。
佐久間良子フランキー堺を買い取ったことは口外せぬようにしていたはずだが、やはり秘密は漏れていたらしい。何せ忍者の里だから。

フランキー堺が建設現場に行くと、作業員たちが乗ったトラックが現場から引き上げていく最中だった。
フランキーがあわてて責任者のもとへ駆け寄ると「事務所から連絡があり工事は一時中止になった」という。「あんたのとこ、銀行から金借りられんと決まったそうや」。

神代家は銀行の件で大わらわだ。
伊賀上野きっての富豪である神代家との取引である。なぜ急に銀行は融資をやめたのか。
支配人の多々良純は「さっぱり要領を得ないが例の怪文書のせいではないか」と推測する。

建設会社に渡した3千万円のうち今日期日の300万円の手形が落ちなければ神代家は破産してしまうが、多々良純によれば家中の現金をかき集めても100万円にしかならないのだという。残りの200万円を用意するため従業員を集金に回らせている。
佐久間良子は自分の持っている宝石を現金化してきてほしいと多々良純に頼むが、タイムリミットは午後3時。あと2時間しか猶予はないから現金化は難しいだろう。

一方、森光子の仕事場には義弟、じゃなかった、離婚したので元義弟の芦屋小雁が説得にきていた。
「義姉さん、今が兄貴を買い戻す絶好のチャンスや」。
さすがは忍者の里、神代家のピンチが町民に筒抜けである。

「わてはな、安物の男には懲りてんねん。もっとええ男の出物があったらまた相談に乗るわ」。
作業の手も止めずドライに言い放つ森光子
しかし芦屋小雁はあきらめない。
「根は正直者や」「あの年になってもウブなとこがある」と兄フランキーの良さをアピールする。

「貧乏人には困った男かもしれん、そやけど金持ちの女にはな、探してもないええ男やで。義姉さん、このへんで手ぇ打たんか。この機会逃したらな、一生兄貴を買い戻すことはできひんのやで」

今や森光子は金持ちの女なのだ。貧乏だったころには苦労させられた夫だが、今の森光子にとってはいい男だと芦屋小雁は言うのである。だが、森光子は何も答えない。無表情で作業を続けている。

再び神代家。
刻々と迫る期限を前に社員総出で金策に必死である。
佐久間良子は銀行に電話をかけて自ら支店長に頼んでみると言い出すが、そこへ顔を出したのは川崎敬三だ。
呂律の回らない口で「無駄ですわ、そんなことしても。無駄や、無駄」と言ってニヤニヤしている。
ホテルの支配人になって神代家を牛耳る夢が破れた川崎敬三は、このお家の一大事の真っ最中に酒を飲んでいた。

息子の川崎敬三の醜態に驚く多々良純。
「お前、こんな大変な時に酔うてんのか?」
「わいは酒蔵の主任や、利き酒してどこが悪いねん!」

そして佐久間良子に食ってかかった。
「奥様どうだすホテルの方は? 奥様がね、僕を邪魔者にしたからこんなことになったんですよ! 大体事業なんちゅうもんはね、お嬢様芸で出来るもんやあらへんわ! 僕がやってたらきっと不渡なんか出すようなヘマはやらんかったでしょうよ!」

「代々支配人として神代家に仕えてきたが少しは財産は貯まったか?」「支配人は高校だけ出ればいいと先代の神代様に言われ僕はアルバイトで大学を卒業した」「そうまでしてまだこの神代家に尽くさなければいけないのか」等々、父親の多々良純にぶん殴られても川崎敬三の毒舌は止まらない。

「まるでカタツムリや。神代家という重い殻を背負ってえっちらおっちら。得をしてるのは奥様だけや。その神代家もとうとうおしまいや。そや、壊滅や! めちゃくちゃになってしまやええ、めちゃくちゃに」

そこへフランキー堺が息せき切って飛び込んできた。
今銀行へ行ったところ、銀行では初めから1億円の金を貸すつもりだったと言われたのだという。ところが奥様の名を騙ってその融資を勝手に断った奴がいた。それは川崎敬三だ!

フランキー川崎敬三の胸ぐらをつかんで奥の酒蔵へ引きずり込み、「お前じゃ! ごまかすなお前じゃ! お前が怪文書ばらまいて銀行にも手を打ったんやろ!」と詰め寄る。
「知らん知らん」と必死に否定する川崎敬三。奥様に謝って何もかも正直に申し上げろとフランキー川崎敬三を締め上げているところへ佐久間良子がやってきた。

「もうおやめ。そないなことさしてどうなる。事態が変わるわけではない」

川崎敬三は床に手をついて佐久間良子に謝りすがりつき、自分がやったことではないと言い募る。
神代家に楯突く勇気があったらホテルの支配人になれなかった時点でとっくに辞めていた、自分の血には神代家へのサービス精神が流れているのだ、と自虐的につぶやきフラフラと奥の部屋へ消えていった。

時計が2時の鐘を打った。
期限まであと1時間。万事休す。あと1時間で神代家は破産してしまう。

すると、今度は支配人の多々良純浦辺粂子が「奥様! 金が借りられました」と飛び込んできた。
借金や集金を合わせて現金150万円が用意できたのだという。あと50万円あればピンチを切り抜けられる。

フランキー堺がひらめいた。
「奥様! わしを売ってください! わし、もう一回売られます!」と頭を下げるフランキー。何も言わずフランキーを見つめる佐久間良子

……というところに、森光子が神代家へやってきた。

フランキー堺は膝をつくと、元妻の森光子に気安い調子で「なつ枝、わし買うて!な、この通り」と頭を下げた。
一緒に来ていた弟芦屋小雁は兄の肩をポンと叩くと、「兄さん安心せえ、義姉さんはな、兄さんを買い戻しに来たんやで」と言ってやった。
驚くフランキー森光子はそっぽを向いてすまし顔。

「そりゃ良かった。ちょうど50万足らんで弱っとったとこや。ほなすぐに買うて!」とフランキーはやっぱり気安い調子。「買うた! 50万や!」と芦屋小雁も調子がいい。「50万! 結構やないかい」と相好を崩すフランキー

「ちょい待ち! 50万高すぎる!あん時あんたの気持ちは奥さんの方へいってしもてた。だから50万でも値打ちがあったんや。今もあんたの気持ちは奥さんの方へ傾いとる。そんな抜け殻、ポンコツも同然や。50万高い!」

まったくもってごもっともである。
佐久間良子を捨てて元妻のところへどうしても戻りたいと言うならともかく、崇拝する佐久間良子のために身売りするような男なんか要らないに決まっている。女をナメるなフランキー&小雁兄弟よ。

「そら道理や、車でも下取りしたら半値やろな」と納得する芦屋小雁
「まあ、ええとこ5万やな」と森光子。半値どころか十分の一だ。
娘のアツコが「お父ちゃんお父ちゃん」と言ってくるから“お父ちゃん賃”として5万円なのだという。
「別にわてはあんたなんか欲しないねんで」と嘯く森光子
5万円は無茶だと森光子を必死に説得するフランキー小雁兄弟。

その様子を見ていた佐久間良子が「ここは人買い市場ではない」と三人を制した。
売るだの買うだの騒いでいるがこの人は血の通った人間。せっかく奥さんが迎えにきてくれたのだから当然お返ししますと静かに告げる。
「タダで?」と驚く芦屋小雁。支配人の多々良純もうろたえている。フランキーをタダで返しちゃったら命の綱の50万円がパアだものね。

「ヤマノウチ、奥さんのところへお帰り。神代家は終わりました。うちの代で長い神代家の歴史は終わったんです」と寂しい横顔を見せる佐久間良子
そして、森光子に「奥さん、ご主人はお金には代えられぬ価値のある人です。大事にしておあげ」と言って部屋から出ていった。

大団円

森光子フランキー小雁兄弟は家路につく。
歩きながら「義姉さん儲けたのう、兄貴をタダで取り戻せて」と芦屋小雁が話しかけると、「いや、うちは乞食やない。タダで品物が貰えるかいな。 50万ある。うちの人の保管料や。あとで届けといて」と、バッグから取り出した札束を芦屋小雁に渡す森光子

これにて無事元の鞘に収まったのだった。
もちろん以前とは立場がまったく違う。上下関係は完全に逆転した。森光子は肩を抱こうとするフランキーの手を振り払い、しっかり働け、休みは盆と正月だけだぞと厳しく言い渡している。

さて、シーン変わって神代家。
支配人多々良純浦辺粂子が一応辺りを憚りながらも顔を見合わせて大笑いしている。
「うまくいきましたな」と粂子。「これで奥様も危険なお遊びはおやめになるやろう」と多々良
「あの怪文書が効きましたえ」「わしも一生一代の文書作ったが伊賀忍法バカにならん」と穏やかではない会話が交わされている。
銀行の件もすっかり片がついているし、建築屋へ払った300万円は損になるがそのうち土地代が値上がりするので問題ないのだという。

今回の騒動は、観光ホテル建設だのフランキー堺だのにうつつを抜かす奥様を少々痛い目にあわせるための支配人たちの策略だったのだ。また同時に神代家に謀反を起こそうとしていた川崎敬三にもお灸を据えたのかもしれない。
「これでお家御安泰じゃ」と浮かれる多々良純

それから4ヶ月後。
大きな箱を抱えた森光子橘ますみがバスに乗り込むと、娘のアツコが乗っていた。驚いた森光子が「あんたどっから乗ったんや?」と聞くと、アツコは「見張りや」と答える。

すると、運転席のフランキー堺が「わしがまた売られるようなことならんようにな、しっかり見張っとるんやと」と説明した。フランキーは神代産業の運転手から路線バスの運転手に転職していたのだ。
「喜んでいいやら悲しんでいいやら」などと嘆いていたら道に飛び出した歩行者に気づかず慌てて急ブレーキをかけるフランキー
「このバカタレ!」と窓から歩行者を怒鳴りつけたら、歩行者は母の安芸秀子と茶飲み友達の田武謙三だった。当然「バカタレとはなんや!」とか「へたくそ」とか「そんなこっちゃ一人前のバスの運転手になれへんぞ」と怒鳴り返す安芸秀子フランキーは「すんません」と恐縮しているが、代わりに森光子安芸秀子を怒鳴りつけ口論になり野次馬が集まり……というところで映画は終わる。

この時代の邦画に疎い我々にとっては結構な掘り出し物だった。題名からは予想がつかない面白さ。この作品の原作である舞台劇の「売らいでか!」をそのまま使った方が品が良い気がするけれど、「“夫”売ります」というセンセーショナルな題名の方が昭和40年代の観客にアピールするのかもしれない。
おびただしい伏線とエピソードが無駄なくぎっしり詰まった映画。達者な役者陣を自由自在に動かす瀬川昌治監督の辣腕が冴える92分。【み】

付録:キャスト比較表

この映画の原作者として花登筺と岸宏子と名前が並んでいるのは、まず1968年7月に芸術座で岸宏子原作の小説「ある開花」を下敷きとした花登筺脚本・演出の「売らいでか!」が上演されており、この映画「喜劇 “夫”売ります!!」はその舞台化作品をさらに映画化したものだから。
そして、舞台、映画に続いて、1969年には舞台版と同じ「売らいでか!」のタイトルでテレビドラマ化もされている。
それぞれの主なキャストを一覧にしてみた。杉雄役のフランキー堺と母ぎん役の安芸秀子は皆勤賞!

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役名舞台映画ドラマ
山内杉雄
神代産業の運転手
フランキー堺フランキー堺フランキー堺
神代里子
神代家の当主
草笛光子佐久間良子草笛光子
山内なつ枝
杉雄の妻
浜木綿子森光子浜木綿子
山内ぎん
杉雄の母
安芸秀子安芸秀子安芸秀子
山内松雄
杉雄の弟
左とん平芦屋小雁大村崑
石上三之助
神代産業の支配人
四代目春風亭柳好多々良純曾我廼家五郎八
石上弘
神代産業の副支配人
川崎敬三川崎敬三小林勝彦
二条きく子
弘の恋人
十朱幸代橘ますみ丸山みどり
南出
ぎんの茶飲み友達
宮口精二田武謙三中村是好

舞台版:1968年7月1日〜8月27日(芸術座 / 東宝現代劇特別公演)
映画版:1968年11月9日公開(東映)
ドラマ版:1969年7月2日〜1969年9月24日(日本テレビ系)

参考文献

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