「せやけど、ほんまにこんな頼もしいことないで。同い年の人が、まだ現役でデザイナーやってるやて〜」
応接間で糸子に語りかける上品な白髪の老婦人。糸子は嬉しそうに相槌を打っている。
……ええと、この女性、誰だっけ?
「うちもまだまだやれるんちゃうかなちゅう気にならし」
あら、岸和田弁だ。病院で知り合った人だったっけ? 商店街に知り合いはもういなかったような気がするし、もしかして懐かしの泉州繊維商業組合関係の人?
糸子とご婦人が座っているソファの傍らには若い女性がふたり立っている。
ひとりはたぶん従業員のフミ子。
もうひとりはコートを着ているから老婦人の付き添いの人かもしれない。若いといってもたぶんドラマ内では中年女性という設定ではないかと思われる。
久しぶりに見た「カーネーション」なので、色々忘れていることがあるのだ。この回、最初から全然記憶にない。そしてなぜかリアルタイムで視聴した時の記事もない。最終週だというのにどうした14年前のわたし!
というわけで、最終週に1日だけ抜けているのが何だか気持ち悪いので慌てて記事を書いています。今日は2025年3月19日水曜日。
現役でデザイナーとして活躍していることを褒められた糸子は 「うちらまだまだこれからや」と意気軒昂だ。
この後の展開で、「ついこないだまで元気だったんですけどね」と孝枝あたりに言わせるための伏線だろうか。
孝枝の携帯電話に優子から着電。
「来週の水曜ですか? 空いてへんと思いますけどね…ああ、空いてませんわ」
仕事に遊びに隙間なく予定を詰めている糸子なので、孝枝の予想通り水曜日はNG。前日に名古屋で講演会があり、水曜は岸和田への移動日だという。
電話の向こうで優子が何か言っている様子だが(この場面、優子の声は一切聞こえない。たぶん例の切口上で「それなら水曜空いてるんじゃないの?」とか言っているのだろう)、孝枝は次の日にも予定が入っているので「今の体でそない無理をさせるわけにも」と断る。
このやりとりも、この後の展開で「あの日、無理にでも元気なおかあちゃんに会っておけば」とかなんとか優子が後悔する伏線かしらん。「せめておかあちゃんに電話代わってもらえばよかった」とか。いや本当に全く記憶にない。リアルタイム時、この回を見そびれていたのかもしれない。
コートの女性は「お母さん帰りましょう」と言って、老婦人をソファから立ち上がらせる。
彼女、老婦人の娘さんだった。糸子と同い年の人の娘だから六十代? 見た目はせいぜい四十代だけど。いや、親子揃って誰だか思い出せないよ。
「ほなら、た〜んと頼んどくわな、小原さん」
老婦人は糸子と握手をすると娘さんに体を支えられつつ、店から出ていく。
糸子が「任しといて。ごっついええのん作るよってに」と応えているので、このご婦人は洋服のオーダーに来ていたオハラのお客様というのが正解か。
道理でいろいろ考えても思い出せないはずだよ。ひょっとしたら前にもオーダーに来ていたかもしれないが、さすがにお客さんの顔は覚えてないや。
さて、お客様が帰ったその直後、糸子の携帯電話の着信音「銀座カンカン娘」が鳴った。
「ああ、優子。なんや?」
優子、今度は糸子の携帯に直接かけてきた!
ああ、そうだった。優子というのはこういう人だった。孝枝の警戒する表情が映る。
「来週の水曜? なんで?」
思わず立ち上がる孝枝。奥の部屋から浩二と元金券屋の兄ちゃんも心配そうに様子を伺っている。
「うんうん、ウフフ」とご機嫌で相槌を打つ糸子。ああ、こりゃダメだよね。これは断らないよね。
「よっしゃ、行っちゃるわ」
それを聞いて孝枝は恨みがましい顔でドスンと椅子に座るし、元金券屋の兄ちゃんは天を仰ぐし、浩二はおろおろしている。
スケジュールを管理している孝枝にきっぱりブロックされても、糸子に直に電話をかけて頼んだ優子の作戦勝ち。
糸子は「もう任しとき。心配せんで。任しとき任しとき」だってさ。
「要はね、アホらしなるわけですよ。こっちが先生の体の心配しながらどないか仕事回していこうと思て必死になって組んでんのにね」
糸子の食後の薬を用意しながら憤然とする孝枝。糸子、浩二、金券兄、フミ子は黙ってカレーを食べている。
「大体、優子さんかてね、本気で先生の体のことなんか考えてないと思うんですよ。いや、ま、そら全然考えてへんわけないとは思いますけど! もう先生と一緒! こと仕事んなったら全部頭から飛んでまうんですわ」
孝枝の怒りが止まらない。
「ようわかりましたわ。親子そろて好っきなだけ仕事しはったらええんですよ! もう何がどないなろうと、もううち知りませんよって!」
孝枝ブチ切れ。食卓に薬と水を置くと部屋から出ていってしまうのだった。
ホイホイと誘いに乗る糸子がもちろん悪いのだが、いったん断られているにも関わらずまた電話をかけてくる優子への憤りもあろう。がんばれ孝枝。カレーをたらふく食べて元気を出してほしい。
「えらい、怒ってるやんか」と糸子。
「そらそうですわ」と呆れる金券兄。
「ちょっと後で何か機嫌とっといてや」と言う糸子に、金券兄は「知りませんよ」とつれない返事。
この場合、孝枝の機嫌をとりたかったら優子から頼まれた予定を断ればいいわけで、あるいは翌日の予定をキャンセルして休養日にあてるしかないのだが、仕事も遊びも目一杯やりたい糸子にそれができるわけがない。
年老いても図々しい、じゃなかった、今もおかあちゃんに甘え上手な優子からの依頼は東京の病院での講演会だった。
元は優子が受けた依頼だったが、どうしても都合が悪くなったので糸子に代打を頼んだという。
東京の病院のスタッフの中にちょっと目立つ人物がいる。
「川上と申します」と糸子に挨拶したのはあめくみちこ。若い頃、薬師丸ひろ子のそっくりさんとして話題を集めていた女優。夫は所属劇団の主宰者である佐藤B作である。
川上さん登場の場面もまったく記憶がないので、やっぱりリアルタイムではこの回を見そびれていたみたい。
川上さんはこの病院の前看護婦長で、講演会が優子から糸子に代わったと聞いてボランティアでいいから手伝わせてほしいと申し出たという。いやなんで?
昔、岸和田のオハラで服を作ったことがあるみたいなエピソードあり?
と思ったら、昔岸和田に住んでいたことがあると川上さん。
その頃の友人が糸子の病院内ファッションショーの新聞記事を送ってくれたのを見て感動したと語る。なるほど、それなら納得。割と無理のない登場理由のある人だった。
そして講演会スタート。
洋服作りに生涯を捧げてきた自分が医療の現場の皆さんに話せることといったらただひとつ、と話し始める糸子。それをじっと見つめる川上さん。
シーン代わって、ここは病院の休憩室。
孝枝は優子からの電話に「今、講演会が終わりました」と報告。糸子は病院スタッフと話している。
糸子の「ただひとつ」が何だったのかわからぬまま講演会は終了していた。
そして、孝枝によるとなんと優子が今病院の玄関に着いたという。用事が早く終わったので顔だけでも出すと言っているらしい。
なによ優子。ちょっと時間をずらせば登壇できたんじゃん。まあ、病院側の都合で時間が全く動かせなかったのかもしれないけど。
川上さんが糸子の茶碗にお茶を入れにきた。
「はれ、せっかくやさかい、お話、しましょうな」
タクシーの時間がきたらまた迎えにくると言って去ろうとする川上さんを糸子が引き止めた。
川上さんは糸子の疲れを気遣うが、「いや、体がくたびれたよって、余計、お宅みたいな人と話、したいんですわ」。
同じ岸和田出身で、しかも大成功だった病院内ファッションショーのことを知っている川上さんと話をしたいのだろう。
それを聞いた川上さんは感激した表情。
素晴らしい講演に何度も涙が出た、岸和田の看護婦長(山田スミ子!)にも会ってみたいという川上さん。医療の現場に40年ほど携わってきたと言っているので、見た目は若いけれど五十代後半から六十代前半というところか(あめくみちこは放送当時49歳)。
川上さんは岸和田には24歳まで住んでおり、結婚で上京したのだという。
標準語で話す川上さんに「24まで住んではった割には岸和田弁が出ませんね」と糸子。
すると急に川上さんの様子がおかしくなる。
糸子は「うちの娘らはそれぞれ出て長い割に、ちっとも岸和田弁が抜けませんわ」と続けるのだが、川上さんは何故か困った顔。
「それは、あのぉ……私は10歳まで長崎におりましたので」
ええっ、長崎!?
ということは川上さん、あなたはもしや?
目をキョロキョロさせ思考を巡らせる糸子。
色恋沙汰やら他人の思いへの察しが悪い人ではあるが、ある男性についてだけはあれこれ気にかけることができるのだ。
「先生、実は…」と切り出す川上さん。
悟ったような表情で川上さんの顔を見つめる糸子。
「わたくしの死んだ父が、いっとき先生のところでお世話になっておりました」
いや、こういう場合、糸子はどんな顔すればいいの?
人間90歳にもなればたいがいのことはどうでもよくなるのかもしれないが、目の前に現れたかつての不倫相手の娘に何を言えば良いのだろう。
それはそうと、この病院、エレベーター故障してますか? 優子と孝枝はえっちらおっちら階段昇っているのかしら。
震える声で「お宅…どちらさん?」と聞く糸子。
もちろん川上さんは応えるのだ。
「はい、わたくしは……周防龍一の娘でございます」
休憩室の入口でその様子を呆然と見つめる優子(エレベーター壊れてなかった!)。
ああそうだった、優子は周防の子らと会ったことがあるのだよね。
涙をこらえる糸子。
それを見て、「はっ、申し訳ありません!」と飛び上がるように椅子から立つ川上さん。
糸子の泣き笑いの表情に、重ねて「失礼いたしました」と詫びて休憩室を出ようとするが、そこで立ちすくんでいる優子と鉢合わせする。
休憩室から出ていった川上さんを追う優子。
一方、事情がわからず置いてけぼりの孝枝は、ひとりで泣いている糸子の背中を優しくさすってやる。おたくの先生、昔オハラで雇っていた紳士服の職人と不倫関係にあって、今出ていった女性は彼の娘さんなんですって! ああ、孝枝にこっそり教えてあげたい。
周防の息子が子役優子を突き飛ばし怒鳴りつけ、それを止める子役川上さんの回想シーンが入る。
そして、ソファで話す優子と川上さん。
「いつぞやは……弟が失礼しました」と川上さんが優子に謝るが、そんな昔のことをよく覚えていたね。可哀想に心の傷になっていたのだろう。
すると優子は「こちらこそ…母が…申し訳ありませんでした…」とささやくような声で謝り返すのである。十歩譲って突き飛ばすという直接的な暴力をふるったことに対しての謝罪はわかるが、親の不倫に巻き込まれただけの優子の謝罪は気の毒としか言いようがない。
「いいえ、人を憎むというのは…苦しいものです」
ゆっくりと落ち着いた声で優子を慰めるように語る川上さん。さすがは元婦長さんの貫禄である。
「私によってただひとつ救いだったのは、父の相手が先生だったということでした。憎むにはあたらない方だと…いつごろからか…ある程度、年をとってからですが思えるようになりました」。
泣く川上さん、泣く優子。
そして泣く糸子。
「長い長い、記憶を持ってる。それが年寄りの醍醐味ともいえる。守り続けて闇のうちに葬るはずやったもんが、うっかり開いてまうこともある。老いぼれた体にとどろくこと、打ちのめすこと、容赦のうて、ほんでも…これを見るために生きてきたような気もする」と、記憶も長いがモノローグも長い長い。
これにて糸子唯一の後ろ暗いエピソードである周防との不倫ばなしは美しく昇華。
周防本人ではなく、娘の川上さんに後始末させたのはなんとなくモヤモヤするが、オハラ三姉妹のモデルであるコシノ三姉妹が健在ということでここは綺麗にまとめたかったのだろう(周防の娘との再会が実話だったら奇跡的な偶然!)。【み】