「今海外で評判のトラペーズラインでいこう」という北村の提案を却下して、糸子は昔ながらのディオール風のドレス─ウェストで絞って腰にかけてふわっと広がるエレガントなスタイルのドレスの型紙を作った。
「大阪には大阪の流行がある」「こんなのただのアッパッパ」「サン・ローランなんて21歳の若僧に任せるなんてディオールは何をしているのか」北村や繊維組合の女性経営者達相手に打ち上げる糸子。
しかし、デザイナーを目指す娘やその友達の会話に「トラペーズライン」が登場すること、実際に店にトラペーズラインのサックドレスの注文が殺到していることから、糸子はどんどん不安になってくる。
生地は上物、デザインも何も悪いところはない、いや、むしろよく出来ている。
若い頃からファッション関係の相談を持ちかけていた美容室の八重子を喫茶店に呼び出し、デザイン画を見せて心配事を打ち明けてみるが、糸子の心は晴れない。
糸子は自分が時流を読み違えたことに気づく。
今、北村が糸子のデザインしたドレスを持って問屋を回っているが、きっと全然売れないだろう。
だけど一番ショックなのは、デザインしたこのドレスが売れないことではなく、世間で流行しているトラペーズラインが自分にはちっとも良く見えないこと。
ここまで「21歳の若者」を散々小馬鹿にしてきた糸子が、自らのセンスが老いて流行遅れになっていることを目の前に突きつけられたのだ。
ガックリして家に帰ると居間から聞こえる賑やかな話し声。北村が来ているのだ。
千代を筆頭に糸子の家族はよく食べよく飲みよく笑う北村が大好き。しばしば珍しい果物を大量に送ってくる気配りのおかげか、うるさ型の昌子も北村が来ると機嫌がいい。
糸子は普段から北村を邪険に扱っているが、今度ばかりは怒鳴られたり皮肉を言われても文句の言えない大失敗。
しかし北村は何も言わない。いつも通りに千代達と食卓を囲んで楽しそうに話しているだけだ。
家族が寝てから北村と二人で話す糸子。
「売れへんかったんけ」「なんでわかんよ?」「わかるわ、そら」
糸子は売れ残ったドレスを店で全て買い取ると提案するも、北村は恨み言ひとつ言うでなく「岸和田のこんなちっこい店の女店主が無理するな」。互いの損で痛み分けでいいではないかとあっさりしたものである。
「あんたにはほんま悪いことしたな、堪忍、この通りや」
北村のさっぱりとした態度に、さすがの糸子も頭を下げた。
その様子を見て目をそらし居心地の悪そうな北村。
「うわうわ、気色悪ぅ、えらいもん見てもうたがな」「中から酒で清めなえらいことになるぞ、あかんあかん」
必死に冗談に紛らそうとする北村を見る糸子の顔は、久しぶりに少女の頃のようなまっすぐで純粋な表情。
そして、その直後、酒を一口飲んで椅子の背に寄りかかった北村はふと笑顔に。
この笑顔、「酒で清めな」の冗談からの流れなのかもしれないが、惚れた女がようやく自分に心を開いてくれた嬉しさからつい頬が緩んだ…という風にも見えるぞ北村。やったな北村。ひゅーひゅー。
しかし油断は禁物だぞ北村。明日からはまた元通りの荒っぽい糸子に戻るに決まってるから気をつけろ。
さて、傷心の糸子の心を慰めたのは、まさかの直子なのだった。
直子が連れてきた同期の男子学生3人組が糸子に質問する。
「お母さんが立体裁断をしているというのは本当ですか?」
糸子が我流で始めた立体裁断は、日本でやっている人はほとんどいないがパリではむしろ主流、直子達の学校でも取り入れ始めた最新技術なのだという。
店内で実際に立体裁断をしてみせる糸子、メモをとりながら熱心に見入る学生達。
いや、これは気分いいよね。糸子が自信喪失した理由のひとつが21歳の若者の感性だったんだから。
糸子自信回復。若い者にはまだまだ負けぬ。これでまた元気な糸子が帰ってくるだろう。直子ナイス親孝行。【み】