「カーネーション」玉枝の臨終

ほとんどメイクを変えずに14歳から50歳まで巧みに演じ分けてきた尾野真千子の素晴らしさは言うまでもない。
小林薫、正司照枝が巧いのも当たり前。ワンポイントだが百貨店の支配人の國村隼。神宮寺役の石田太郎も良かった。

だが、まさかと思う人が大好演しているのも「カーネーション」の魅力のひとつだと思う。

まずは、田丸麻紀。
ワタクシ的には「探偵!ナイトスクープ」にゲスト出演するたびに西田敏行に「いやホントにキレイねえもう」などと誉められている人というイメージ。
本業は何? 背が高いからファッションモデル? 女優ではないよね?

小原家と親しい安岡家に嫁入りしてきた八重子は、元気すぎる玉枝と糸子にはさまれて我慢の芝居を要求される役。
わーわー大きな声を出す登場人物が多い中、静かな芝居で糸子と玉枝のこともドラマもしっかり支えてきた功労者である。

また、美容師の八重子にはファッション情報に敏感でハイカラな職業婦人という顔もある。
若干気取った喋り方や涼しげな表情が、身繕いに関心のなかった糸子はもちろん、オシャレな奈津とも違う垢抜けた雰囲気が出ていて巧いと思う。
岸和田市の隣の和泉市出身だから、気取った風の台詞回しでも泉州弁は任せて安心、間違いなし。

夫が出征してからというもの、3人の息子を育てながら、髪結いの義母・玉枝と二人で店を守ってきた八重子。
その間、義弟が心神喪失で戻ってきて部屋に閉じこもったり、夫の戦死公報が届いたり、明るかった玉枝が心を病んで嫁いびりをするようになったり、仲のいい糸子に絶縁されたり、戦時中供出したパーマ機を買い直したり、奈津を雇ったり、髪結いを美容室に改装したり…と、いろいろなことがあった。
こうして挙げていくと、糸子に負けず劣らずの波瀾万丈の人生である。

余命半年を宣告されていた玉枝は、それから2年2ヶ月生き延び、ある朝、自宅で亡くなった。
玉枝の枕元で手を合わせる糸子。その様子をぼんやり眺める八重子。
生まれる前からの家族ぐるみのつきあいだった糸子にも、嫁姑として濃密なつきあいだった八重子にもそれぞれ深く思うところがあるのだろう。
この時の二人の繊細な無言の演技が見事。

枕元に座っていた八重子が気の抜けたようなサッパリしたような顔でひとこと、「ほっと、した…」。
八重子の背中を優しくさする糸子。

亡くなる半年前のひな祭りの食事の席で玉枝が言っていた。
「せやけどな、言うたらウチはほれ、お父ちゃんと息子が二人とも、もう、向こうで待ってくれてるちゅうこっちゃろ? なんや、何も怖いことのうなってしもた。ハハハハハ」。
部屋に差し込んできた朝日が布団に横たわる玉枝の顔を照らし、そこで大写しになる泰蔵と勘助の遺影。
まるで息子達が天国からお母ちゃんを迎えにきたようで、思わず涙々。

安岡のおばちゃん、何も怖いことのうてよかったな。
持つべきものは孝行息子である。

そして、安田美沙子。
可愛らしい天然ボケのグラビアアイドルで最近はマラソンに凝っている…という程度の認識だったのだが、成長した三姉妹を演じると聞いて正直ガッカリしていた。
他に誰かいなかったの? 関西出身だから? いや、関西出身の若手女優なんて何千人もいるよね?
しかも、糸子役の尾野真千子とは1歳しか違わないというではないか。

シネマトゥデイの記事「NHK朝ドラ『カーネーション』三姉妹は新山千春&川崎亜沙美&安田美沙子!ほっしゃん。ほか新キャスト発表!」によると、安田美沙子はこのようなコメントを残している。

三女・聡子役の安田は自身が双子ということもあってか、「三姉妹というものの感覚がわからないんですが、きっとこの(小原家の)三姉妹は普通の世間一般の三姉妹とは絶対に違うし、すごく変わっていておもしろいと思うので」と今回の役柄にワクワクしている様子だった。

シネマトゥデイ

ああ、ますます不安だ。ここまで楽しく見てきたドラマが台無しになるんじゃなかろうか。
歴代の聡子役の子役(杉本湖凛→村崎真彩)が良い演技を見せていただけに、交代してしまうのが本当に残念だった。

ところが!
悪い予感大はずれ。初めて登場したシーンから私はすっかり聡子のトリコ。
来年30歳の安田美沙子が中学生に見えたし、荒っぽい台詞が飛びかう「カーネーション」の中、穏やかでニコニコ顔の聡子は心のオアシスである。

おっとりした役柄と安田美沙子の喋り口調がうまくマッチしていて、ふわふわした声なのに抜群の安定感。
他の俳優がメインのシーンでも、ピントの合っていない後ろの方でいつも丁寧に演技をしているのも好もしい。
また、「もう、さびしい」と一家の中で自分だけがファッションに関わっていないことが寂しいと嘆く繊細な芝居に泣かされた。

いつでも機嫌良く、おっとりのんびりしていてもやるべきことはしっかりやりとげ、誰からも可愛がられる愛敬よし…という聡子の役柄があまりにもしっくり合っていて、毎朝ドラマを見るたびに私の中で安田美沙子の好感度が竜巻のごとく急上昇。いや、もう可愛くて可愛くて!

だから、今日も「ロンドンに行くな」「英語が出来ないくせに」「アンタはオハラを継げ」などと頭ごなしに怒鳴る優子と直子に腹が立って、糸子が二人を善作チックに叱りつけた時は拍手喝采だ。
好き勝手してきた姉ちゃんらぁと違って、聡子はテニスで全国制覇した上にこれまで素直に家業を手伝ってきたんだからね。偉そうに説教するなよな。ガンバレ聡子。

雛人形の前で女の子達が「春よこい」を唄いながら踊っていたが、これは“ドレム”に憧れた幼い日の糸子が初めて縫ったアッパッパを家族に披露する時に唄い踊ったシーンの再現である。

第1話から活躍していた玉枝が亡くなり、元気だった千代も認知症のきざし。
ああ、あんなこともあったこんなこともあった……とすっかり懐古モードのわたくし。いよいよあと二日か三日でオノマチ糸子とお別れかと思うと万感胸に迫る。【み】

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