映画の感想文「街に気球があがる時」

街に気球があがる時」(1961年/井田探監督/日活)。

アドバルーンの会社でアルバイトする大学生の長門裕之を描く、非常に珍しいアドバルーン映画。
掲揚期間中はガスを入れたまま地上に網で固定し、周囲に禁煙の立札を立てるとか、航空法で高さ50メートルまでとか、雨天が続くと収入が減るとか、当時の業界の事情が知れて楽しい。

アドバルーン関連のアルバイトといえば、三四郎の小宮浩信である。
“売れない芸人時代にやっていた変わったバイト”というお題で色々な番組でエピソードが披露されているその仕事は「デパートの屋上でアドバルーンが飛ばないかどうか監視するというもの」で、「アドバルーンは資格を持った人しか触っちゃいけなかったので、飛びそうになったら、携帯で電話する」というシステムだったという(エンタメRBB「三四郎・小宮が下積み時代にやってたアルバイトは?」より)

一方、この映画の長門裕之は、アドバルーンを設置し、不調がないか監視し、集まってくる子ども達に注意を与え、強風で流されそうになれば自分達で引っ張って降ろすというかなり責任の重い仕事。この業務を学生の素人アルバイト2人組に任されているのである。

業務は重責だが、日給5000円という高報酬だ。
日本銀行のサイトにある消費者物価指数を使った計算式に当てはめると、この映画が公開された昭和36年と平成4年の物価の差は約5.4628倍。つまり、当時の5000円は2万7314円となる。
風のない日は特に何もすることはないので、読書をするのも昼寝をするのも集まってきた子ども達と遊ぶのも自由。朝から夕方までのんびり昼寝して2万7314円なら、かなり割の良いアルバイトなのではなかろうか。

やたらと気が強く横暴なバイト仲間の吉行和子に辟易していた長門裕之だが一緒に働くうちに彼女の優しい一面を発見し……というストーリー。
しかし、最初のうち吉行和子が異常なくらい他人に攻撃的なので、人員整理でクビになった長門裕之を復職させるとか多少子どもに優しいくらいでは観客は彼女の悪印象を帳消しにできないのであった。

長門裕之の友人役に武藤章生
日活の青春ものの常連の脇役でとにかく良く出てくる人。若干太めの体型と太い眉に大きな目、愛嬌のある風貌とぐいぐい前に出てくる演技でいつも圧倒的に目立っている(極楽とんぼの山本圭壱に若干似ていると思う)。
この映画でも、おっとりした性格の長門裕之とは対象的な圧の強いキャラクターを演じている。
武藤章生のデビューは何と若き日の力道山役! 力道山本人も自分の役で出演している「力道山物語 怒涛の男」(1955)で、15歳から18歳の力道山を演じた。相撲取り時代の力道山の役なのでほぼまわし姿である。

アドバルーンに集まってくる子ども達の中に江木俊夫がいる。のちのフォーリーブスのトシ坊だ。
たくさんの子ども達に混じっていてもひときわ目立つ美少年。
黒澤明監督「天国と地獄」の三船敏郎の息子役はこの2年後、特撮ドラマ「マグマ大使」のマモル少年役はこの5年後。

Screenshot of king-cr.jp

冒頭に登場する場所は、下石原という地名と緑屋が見えるので調布駅北口のようだ。

ほんのりとした恋情は描かれるが、この時代の日活映画の定番である苛烈な暴力や激しい性愛の描写はないし、ギャングに拉致されるとか恋人が暴行されるとか家族を亡くして孤児になるとか妙齢の女性の裸とか銃撃戦とか難病とか大怪我といったドラマチックな要素がまったくないのが珍しい。
長門裕之はただひたすら勉強とアドバルーンに明け暮れるのだった。【福】

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