「サザエさん」青柳信雄監督、1956年。
婦人誌の記者として就職したサザエさんは隣の会社のフグ田マスオに一目惚れ。初仕事は気難しい小説家の原稿取りだったがドジを踏んで即日クビ、マスオの紹介で秘密探偵会社に勤めることになる。サザエの従兄弟のノリ助に縁談が持ち上がったが、ノリ助が友人のミチコと交際中と知ったサザエは相手の女性の母から偶然素行調査を頼まれたのを利用して縁談をぶち壊す。ノリ助とミチコはめでたくゴールイン。マスオの理想のタイプは「女らしくしとやかで家庭的な人」と聞いたサザエはフラれたと思いヤケ食いをして腸カタルで寝込む。しかしミチコに後押しされ磯野家のクリスマスパーティにマスオを誘う。子供達の余興も終わったがマスオは来ない。もうあきらめかけた頃、仕事のせいで遅れて登場したマスオは、サザエをあしらったパールのブローチをサザエにプレゼント。マスオを迎えて踊りまくる磯野家一同であった。
名コメディエンヌ江利チエミが繰り広げる明朗快活かつモダンなホームコメディ、と思って見てみたらなんだか思ったよりも随分暗い。チエミのパーソナリティによるものなのか演出の問題なのか脚本のせいなのかわからねど、東宝コメディらしからぬテンポの悪いもっさりした作品。
原作のサザエさんはチャッカリしてオッチョコチョイだが憎めない人物に描かれているのに、この作品ではオーソドックスなホームドラマの中に典型的なマンガの主人公を放り込んだものだから、がさつだとか無礼だとか図々しいとかちょっとイヤな感じばかりが鼻についてしまうのが残念だった。
- 元気でガラッパチな江利チエミは原作のサザエのモダンでドライな味とは似ているようでどこか違う。時々何を考えているのかわかりにくい仕草を見せるチエミは、もしかして達者なように見えて実はあまり演技が得意ではない?
- 原作では一家の大黒柱として家族から立ててもらって威張っている波平は弱々しく、原作では控えめなフネは清川虹子が演じているせいか極道一家の姐さんのごとき貫禄があふれすぎ。
- なぜかカツオは坊主頭ではない。
- よく見ると松島トモ子扮するワカメのオカッパは綺麗にカールをつけたおしゃれオカッパ。
- ノリスケさん役の仲代達矢は一応コミカルな雰囲気を出してはいるがキャラ的には完全に二枚目。そして嫁はタイ子ではなくミチコ。
などなど、気になることが多くてあれこれ文句を言いながら見ていたのだが、最後の磯野家のクリスマスパーティの余興シーンで披露された松島トモ子の歌にすべて持っていかれた。
トモ子が歌うのは「ワカメちゃん」。なんと自分のテーマ曲、マイソング!
童謡歌手特有の発声でおしゃまな表情に独特な振り付けで歌うトモ子のインパクトが強烈すぎて、それまでのあれやこれやはすべてすっ飛んでしまった。
あたしの名前 ワカメちゃん いつでも元気な ワカメちゃん
「ワカメちゃん」作詞・作曲:原六朗
サザエ姉ちゃん やさしいけれど 怒った時には どなります
ワーン ワーン わたしは泣き虫 ワカメちゃん
ああ、皆さんにもこの達者すぎるトモ子の歌と踊りを一目お見せしたい。子役の天才。天才子役というより子役の天才。今ならネットで「松島プロ」などと書かれていたに違いない。そして「律動体操」の4文字が脳裏をよぎったことは内緒だ。
この歌のポイントは「ワカメちゃん」の部分。これをトモ子は「ワカーメちゃん」ではなく「ワカァ〜メちゃん」と歌うのだが、そのイントネーションがもうたまらない。
この作品のサザエさんは「ジャズが大好き」という設定。夢見がちなサザエさんの妄想の中で、派手なステージ衣装に身を包んだ江利チエミとダークダックスがラテンナンバーを歌い踊る不自然なシーンが2回挿入される。あの時代はクラシック以外の洋楽はすべてジャズ呼ばわりだ。
サザエが社用で買い物に行った銀座の松屋の外壁に「世界一の空中エスカレーター」という垂れ幕がかかっているが、これは「1956(昭和31)年に完成。東洋一の「空中エスカレーター『スカイリボン』」として人気を博しました」(松屋銀座のプチ知識)とのこと。
おでん屋の美人おかみ役で塩沢登代路時代の塩沢ときが1シーン出演している。ときの亭主は東宝作品の常連、沢村いき雄。【み】