映画の感想文「危険な女」

危険な女」(若杉光夫監督 / 1959年 / 製作:民芸 / 配給:日活)。
三保敬太郎の劇伴がカッコいい。原作は松本清張の短編小説「地方紙を買う女」。

目次

希少な女性読者発見

地方紙「山梨日日新聞」に小説「野盗伝奇」を連載している作家杉本隆吉(芦田伸介)は、東中野駅の売店にタバコを買いに寄った際に「山梨日日新聞」を買う女(渡辺美佐子)を見かけた。
渡辺美佐子は売店の店主に「昨日の貰えます? 必ず取っといてって頼んだでしょ? 小説読みたくて買っているんだから一日でも欠けると困るのよ」とやけに居丈高な調子で注文している。

それを聞いた芦田伸介は「失礼ですがその新聞に載っている小説をお読みですか?」と話しかける。不審な面持ちの渡辺美佐子
そりゃそうだ。急に見知らぬ男がおかしなことを聞いてくるのだもの。

「ええ、『野盗伝奇』っていうの。面白いわ」。

渡辺美佐子の返事を聞いて頬が緩む芦田伸介
馴染みの出版社に行き、この嬉しい体験を語る。
自分の小説は女性読者に人気がないというがこの通り女性からの支持も受けているのである、と。

芦田伸介はこの編集部ではだいぶ親しみを持たれているようで、編集者達は芦田伸介が必死に語る女性読者の話を混ぜっ返したり適当にあしらったり、全然センセイ扱いしてあげない。
若い編集者の石井篤子(高友子)には、その女性読者の正体を「ああ、わかった、先生のお母さんでしょ!」と言われる始末。編集者達に大笑いされ芦田伸介は憮然とする。

フレンドリーなつきあいをしている、というか芦田伸介がだいぶナメられているこの雑誌の編集部の壁には「文藝春秋」と「週刊文春」の広告ポスターが貼られている。文藝春秋社の編集部とか下請け編集部という設定なのだろう。
でも、この映画の原作の「地方紙を買う女」はウィキペディアによれば「『小説新潮』1957年4月号に掲載され、1957年8月に短編集『白い闇』収録の1編として、角川書店(角川小説新書)より刊行」されているという。文春関係ないじゃん!

右側の芦田伸介の背後の壁に「文藝春秋」と「週刊文春」のポスターが見える。

「野盗伝奇」

いや、それにしても「野盗伝奇」。
ヤトウデンキですよヤトウデンキ。
映画のセリフで聞いた時はてっきり「矢頭電機」というサラリーマンものかしらと思ったのだが、後から調べたら「野盗伝奇」。朝刊連載に「野盗伝奇」。爽やかな朝に「野盗伝奇」。毎朝届く「野盗伝奇」。
どう考えても朝刊連載小説としてはミスマッチだと思う。
どんな話か知らないが、般若の面をつけた血まみれの侍が見境なく人を斬りまくって金品を奪うみたいなおどろおどろしいイメージしか浮かばない。
「山梨日日新聞」攻め過ぎ。そりゃ女性読者が珍しがられるわけだよね。

なお、原作者の松本清張は、実際に「野盗伝奇」という題名の小説を1956年に「西日本スポーツ」紙などで連載していた。
リアル「野盗伝奇」のあらすじはこんな感じ。

関ヶ原戦の一年後。信州高島藩の若侍、伊助と家老、兵部はある約束をかわす。伊助が主君の敵、丹後を討てば、その報酬として、兵部の美しい娘、美世を嫁にもらうというのである。が、命懸けで豪傑丹後を暗殺したというのに、兵部は約束を無視しようとする。伊助は、復讐の念に燃え、無法の野武士集団に身を投じる――。強靱なパワーと意志力とそして寡黙なやさしさをたくわえて、愛と誇りを守るため果敢に戦う男たちの、友情とロマンにみちた、長編冒険小説!

KADOKAWAオフィシャルサイトより

全然おどろおどろしくなかった!
友情とロマンにみちた長編冒険小説だった!

女性読者を探し出す

「『野盗伝奇』に女性の愛読者がいた」という話を編集者達が本気にしないものだから、もう一度彼女に会って話を聞いてみると言い出す芦田伸介
「お母さんでしょ!」と言った編集者の高友子を連れて、東中野駅で張り込む。
しかし、渡辺美佐子は現れなかった。
新聞を売っていた売店の店主によると、「おとといから買うのをやめた」。
そして、渡辺美佐子はどこかへ引っ越したわけでもなく、ついさっき売店の前を通るのを見たという。

どうしても渡辺美佐子に会って話を聞きたい芦田伸介は、高友子に彼女の名前と勤め先を調べてほしいと頼む。もちろんそんな依頼はきっぱり断る高友子
芦田伸介は「君が嫌なら僕が自分でやる。その代わり君の社の原稿は今後絶対書かんぞ」と無茶なことを言う。

「あら? 脅迫すんの」と言う高友子のいたずらっぽい表情が可愛い。
高友子はこの明るい笑顔と朗らかな演技で映画を盛り上げるムードメーカー。

芦田伸介に懇願され、結局東中野駅前に立って渡辺美佐子の素性探しをすることになった高友子
原作ではプロの探偵に依頼して素性を探るのだが、キュートな高友子の活躍が見られるのでこのアレンジは大歓迎。
高友子渡辺美佐子を尾行して、彼女の名前と勤め先の「バー・えんぜる」を探し出した。

芦田伸介はさらに「庄田しょうだ咲次さきじ」という男についての調査を高友子に頼む。
高友子は「んもう、しょうがないなあ」とぼやきながらも引き受けるのだった。
芦田伸介は終始高友子に甘えているし、高友子芦田伸介に明らかに好意を抱いていてついワガママを聞いてしまう。ダメな中学生男子としっかり者の中学生女子のようなほんのりとした慕情が行き交う関係なのだ。

渡辺美佐子の勤めるバー・えんぜるに乗り込み、彼女を指名する芦田伸介。「一度お目にかかりましたね。東中野の駅で」と話しかけるが、渡辺美佐子はピンときていない様子。
名刺を渡し、「僕の小説を愛読してくれてありがとう。一度お礼を言いたくてね」。
駅前の売店の前で一言話しただけの相手が突然勤務先に現れる。これは怖いよ!

女給達に「小説をお書きになってるの?」とか「私も読みたいわ」とかチヤホヤされるわ、いい女っぷりが冴える渡辺美佐子に「とっても面白いのよ」とか「嬉しいですわ、お目にかかれて」とか言われるわで、うきうきとビールを飲む芦田伸介

だが、この時点ですでに渡辺美佐子は新聞小説を読んでいないことを芦田伸介は知っている。
さらに、芦田伸介渡辺美佐子が読んでいた期間の山梨日日新聞のバックナンバーを熟読して、怪しい事件の影を察知している。

閉店後、店の片付けをしている渡辺美佐子に、同僚が「ねえ、杉本隆吉なんて聞いたことないわね。そんなに面白いの?」と話しかけるが、渡辺美佐子は「実は私も読んでないのよ」と答える。
渡辺美佐子がわざわざ毎日駅の売店に出かけて山梨日日新聞を購読していたのは、芦田伸介の小説が目当てではなかったのだ。

「危険な女」と「地方紙を買う女」

映画のタイトルが「危険な女」。
どう考えても、ヒロインの渡辺美佐子が“危険”なことをしでかす話であろう。
だが、松本清張がそんなにわかりやすいストーリーを書くだろうか?
実は“危険な女”は、明朗快活な編集者の高友子だったりしないのか?
あるいは、実行犯は渡辺美佐子だとしても裏で糸を引く別の危険人物がいるのでは?
この後に登場する、渡辺美佐子を無理やり万引犯に仕立て上げ恐喝して情婦にしてしまう極悪なデパート警備員の大滝秀治が黒幕かもしれない。
いや、病気で療養所に入院している渡辺美佐子の夫下元勉が意外に黒幕なのかもしれない。

だが、原作のタイトルは「地方紙を買う女」。
このタイトルだと、新聞を買っている女が被害者なのか加害者なのかわからない。さすがは松本清張。
「危険な女」よりも「地方紙を買う女」の方が良かったと思うんだけどなあ(複数回テレビドラマ化されているがいずれもタイトルは「地方紙を買う女」)。

それにしても、今回の大滝秀治は気持ち悪さ全開である。
そもそも会社の社長を演じても神社の神官を演じても、どこか胡散臭く、何を考えているのかわからない怪しい人物に見える大滝秀治であるが、今回は無実の渡辺美佐子に罪を着せそれをネタに脅して部屋に居座ってしまう本当に不愉快な奴。
晩年の好々爺然とした大滝秀治ではなく、一体何歳なのか見当がつかないぬるりとした白い顔で悪辣な言動を繰り出す悪魔のごとき大滝秀治。ウィキペディアによればこの時大滝秀治は34歳だが、三十代にも六十代にも見えるつかみどころのない胡乱な顔である。

10度の映像化

女の部屋、デパート、事件現場。最低この3つの場所があれば成立する話である。
原作での主な登場人物も、小説家の杉本隆治(映画版では杉本隆吉)、バーに勤める女潮田芳子、デパートの警備員庄田咲次、杉本の知り合いの編集者田坂ふじ子(映画版では石井篤子にあたる人物)の4人。
ローコストで製作できるためか、これまでに9回もテレビドラマ化されている。

潮田芳子役杉本隆治役
1957年版ドラマ
NHK
藤野節子大森義夫
1959年版映画
民芸 / 日活
渡辺美佐子芦田伸介
1960年版ドラマ
KR (現TBS)
池内淳子堀雄二
1962年版ドラマ
NHK
筑紫あけみ野々村潔
1966年版ドラマ
関西テレビ (フジテレビ系)
岡田茉莉子高松英郎
1973年版ドラマ
フジテレビ
夏圭子井川比佐志
1981年版ドラマ
テレビ朝日
安奈淳田村高廣
1987年版ドラマ
テレビ朝日
小柳ルミ子露口茂
2007年版ドラマ
日本テレビ
内田有紀高嶋政伸
※1973年版は「恐怖劇場アンバランス」の第6話。

歴代の潮田芳子役はドスが効いているというか声の低い俳優が多い。
渡辺美佐子も池内淳子も岡田茉莉子も内田有紀も、滅多なことではキャーキャー言わないような気がする。安奈淳は元宝塚歌劇団の男役だし。

一方、歴代の杉本隆治役(映画版のみ杉本隆治ではなく杉本隆吉)は警察関係者多し。
「事件記者」の警視庁の中にある記者クラブに所属する八田老人(大森義夫)とか、「警視庁物語」の長田部長刑事(堀雄二)とか、「七人の刑事」の部長刑事(芦田伸介)とか、「太陽にほえろ」の山さん(露口茂)とか。
高松英郎も井川比佐志も警部や刑事を演じているイメージが強い。
高嶋政伸はホテルに勤務しながら姉にメッセージを送っている人かと思ったら、「こちら本池上署」シリーズで署長、「臨場」シリーズで警視庁捜査一課の管理官、実写ドラマ「天才バカボン」シリーズでおまわりさんを演じた立派な警察関係者だった。

この映画の見どころ

日活の公式サイトにはロケ地が明記されていないので東中野駅でロケをしたのかどうかは定かではないのだが、駅のホームから階段を降りるシーンを見る限り、ホンモノの東中野駅と判断してさしつかえないと思う。
東中野駅の売店に全国の新聞を売るコーナーがあるので驚いた。売店の前には「ふるさとの新聞を読みましょう」という看板が掲げられている。昭和の中期にはこういった売店がよくあったのだろうか?

渋いイメージが強い芦田伸介だが、この作品では女性読者を発見して浮かれたり編集者の高友子に甘ったれたりと、お茶目で剽軽な顔を見せるのが楽しい。
加えて、芦田伸介の相棒、編集者高友子の可愛さがこの映画の魅力をおおいに高めている。今までノーマークだったが、高友子、これからは気をつけて見なければなるまい。

この映画の渡辺美佐子はバーに務める女給の役。
我々がこれまで見てきた日活時代の渡辺美佐子は、水商売のマダムとかギャングの情婦とか男を魅惑するいい女といった役でも何故か素顔風の薄化粧なのが不自然で気になっていたのだが、今回はくっきり美人メイク。日活美佐子史上最高にお化粧している作品のひとつだと思う。

誰が“危険な女”なのか、それは原作をお読みになるか映画をご覧いただくとして、渡辺美佐子の最期は服毒自殺である。
小沢昭一主演の「競輪上人行状記」(1963) でも、渡辺美佐子は服毒自殺を遂げていた。
いずれも飲み物に毒を混入しての服毒自殺である。毒を飲みがちな女、渡辺美佐子

「TBSドラマ『ムー』シリーズの気風の良いおかみさん」とか「井上ひさし作の一人芝居『化粧』で旅一座の女座長に扮して化粧前で顔をパンパンはたきながら舞台化粧をする」(中川家礼二の旅役者ネタのオリジン?)という渡辺美佐子のイメージに、昭和中期の日活映画を見始めてから「昭和の水商売に似合わぬそっけない素顔メイクで美女役を演じる」というイメージが加わったが、この「危険な女」を見て「毒を飲みがち」というイメージがさらに加わった。

お茶目な芦田伸介、キュートな高友子、毒を飲みがちな渡辺美佐子に今後注目していきたい。【み】

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