映画「復讐するは我にあり」蝶々の恐怖

録画しておいた「復讐するは我にあり」(1979年/今村昌平監督)をようやく見終わった。
10月7日に亡くなった緒形拳を追悼してWOWOWで放送されたものだ。
緒形拳といえば、さまざまな映画やドラマに出演した俳優だが、私にとって一番印象深いのはNHK大河ドラマ「黄金の日日」の豊臣秀吉役。溌剌としてユーモアあふれる若き日の秀吉もいいし、年老いてフガフガになりつつも主人公の助佐に意地悪する姿も味わい深かった。
本当に惜しい俳優を亡くしたと思う。心よりご冥福をお祈りする。

さて、「復讐するは我にあり」は、実在の連続殺人犯をモデルにした1979年公開の映画である。監督は今村昌平。
主役の殺人犯が緒形拳で、緒形の父に三国連太郎、母がミヤコ蝶々で嫁が倍賞美津子。濃い。あまりに濃すぎる家族構成だ。

こんな一家が隣に越してきたらどうしようかと思う。
おそらく蝶々は毎日のように我が家へやってきては玄関先で立ち話をするね。長い長い立ち話だ。1時間オーバーは当たり前。ヘタすると2時間はいく。
しょっちゅうAmazonで買い物をする私に、いちいち「アラ、到来物? どちらから」とか聞くだろう。「通販です」と答えると、「マーァ、景気ええんやねえ、いつも何買うてはるの? カステラ? 舶来のウイスキーかなんか?」と畳み掛けてくる蝶々。映画の中の蝶々は九州弁だが、私の脳裏には威勢のいい関西弁の蝶々の声しか浮かばない。
「いえ、本とか雑誌です」「へー、奥さんインテリなんやね、ワタシ無学ですさかい、本なんてよう読みませんわー」などと言いつつ、わざとらしく玄関先に落ちているゴミや落ち葉をささっと足で寄せたりする蝶々。「風が強い日は掃除しないとあきませんナ、すぐゴミが集まりよる」そんな捨て台詞を残して去っていく。
家に帰れば夫の三國に「お隣さん、また家の前掃除してへんねん。ワタシやんわり言うたったわ」などと勝ち誇ったような顔で報告するだろう。それを聞いた三國は慌てて我が家に駆けつけ、大きな体を折り曲げて「ウチのがまた何か失礼なことを申したようで……本当に……すみません」とかじっとりと謝るのだ。謝られても困る。
近所のスーパーに買い物に行けば、嫁の倍賞美津子と会う事もあろう。「あら、こんにちは」と気軽に挨拶すると、低いドスの効いた声で「いつもすみません」と一言。暗い表情である。
隣の家だから帰り道は一緒だ。会話は一向に弾まない。何を話しかけても、びくっとして「すみません」とか「はい」とか言うだけだ。非常に気詰まりである。
指名手配犯として逃げ回っている緒形拳は家にいないので顔を合わせることもないだろうが、三國、蝶々、美津子の3人と隣り合わせに暮らすだけでもうストレスたまりっぱなしだ。なんとかして引っ越したい。

ところで、この時代の邦画は声に特徴のある俳優が多かった。
殿山泰司、清川虹子、菅井きん、加藤嘉。顔なんて映らなくても一声発するだけで誰だかわかる名脇役達だ。他にも園佳也子とか野村昭子も声だけでわかる系。
今回の殿山泰司と加藤嘉は登場するなり緒形拳にあっという間に殺されてしまって残念。出演時間5分くらい。菅井きんもほんのワンポイントの出演だった。なんとも贅沢な脇役陣である。
ちなみに清川虹子は緒形拳が逗留する旅館のおかみ・小川真由美の母親役。最後には母娘とも殺されてしまうが非常に重要な役で、登場している時間も長い。

それにしても菅井きんはいつの時代のどんな作品にも同じ姿形で出てくる気がする。黒澤映画でもテレビドラマでもいつも菅井きんイズ菅井きん。【み】

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