問題はグッチ裕三(&モト冬樹)の物まねである。
かつて「ものまね四天王」と言われ出した頃から彼らの物まねは一味違っていた。サイモン&ガーファンクルなど、それまで物まねでは扱われることの少なかった洋楽を積極的に取り入れ、また2人とも歌える利点を活かし、ハモれる曲を選ぶことが多かった。
最近はもっぱらベン・E・キングやアース・ウインド&ファイアー(モーリス・ホワイト)など、ブラック・コンテンポラリーものへとシフトしてきているようだ。
だが彼らの物まねは本当に似ているのだろうか。
私には、彼らの選んだ曲はどれも耳になじんだものだが、特に好んで聞いていた曲ではないので、似ているかどうか判断がつきかねる。実のところ、視聴者の大部分がそう感じているのではないだろうか。
彼ら以外の物まねがそうであるように、物まねのよしあしは個人の歌なり振りのクセをどれだけ捉え、増幅し再現できるかにあるわけで(ピンクの電話のように似せることをはなから放棄し純粋にウケをねらう手もあるが)、似ているかどうか視聴者が判断しにくい題材を持ってくるのは反則だろう。
ではなぜグッチ(&モト)はあれだけ番組内で賞賛されているのだろうか。私には彼らに贈られている賞賛は似ていることへの賞賛ではなく、「英語で歌うとは大したもの」「ちゃんとハモっててスゴい」「洋楽通」という物まねとは別の次元のもののような気がするのだ。
フジテレビよ。「オールスターものまね王座決定戦」では海外ものは禁止にしようじゃないか。その時にどれだけグッチのものまねが通用するのか見てみたいものだ。【吉】
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