今井ゆうぞうの“置きにいく”ダンス

プロ野球中継を見ていると、解説者が「球を置きにいく」あるいは「置きにいく球」という表現をすることがある。
「置きにいく球」について、名球会のサイトで稲尾和久氏が「コントロールを目的とした球で腕を強く振らず、指先にもかからない球なので、打者から見ると打ちやすい球」と説明している。つまり、平たく言えば手抜きの球ということだ。
解説者が「○○投手、球を置きにいってますね」と言っていたら、「これはいけませんねえ」と続くわけで、それはすなわち「こらボケェ、腕ェしっかり振って投げんかい」ということなのである。

ところが、この「置きにいく球」を武器にしていた投手がいる。2000年に現役を引退し、現在は関西テレビの解説者を務める星野伸之投手(阪急-オリックス-阪神)だ。
180センチ・70キロというプロ野球選手としてはかなりの細身ながら、120キロ台のストレート、110キロ台のフォーク、調子がいいと90キロを切ってしまうカーブという3つの球種で、最高勝率2回、11年連続2桁勝利などといった記録を築いた渋い投手である。
プロにしては相当遅いストレート、そのストレートと全く同じフォームから繰り出すフォーク、そしてハエが止まりそうなカーブのコンビネーションに加え、「もう投げる球がない」という時に「置きにいく球」を放ると意外と有効だったのだそうだ。
テレビ朝日「NANDA?!」で、星野投手と親しいヤクルトの古田選手が語っていたところによると、「とろとろとろ…と球がきて、これはなにかあるやろ、なにかあるやろ(ボールが変化するだろう)と見てるうちにミットにおさまってしまう」という球で、相手をナメきったような「置きにいく球」にやられると非常に腹が立ったという。
腕をしっかり振って勢いよく投げるのが正しい投球だとしたら、この「置きにいく球」はいわば邪道。ピッチングコーチや解説者から責められる類の投球だ。だが、星野投手のように打者心理の裏をかく使い方で「置きにいく球」を生かした選手もいる。

で、何が言いたいかというと、「おかあさんといっしょ」の歌のおにいさん・今井ゆうぞうのダンスについてなのである。
以前から、彼のダンスにおける独特な動きが気になって仕方なく、どこが他の人と違うのか考え続けてきた。
このコラムの「今井ゆうぞうのダンスの不思議」という記事において、「普通、ステップを踏む時は、片足全部、あるいは半分くらいが床から上がる瞬間があるが、今井の場合、足をほとんど床から離さず、すり足をするように踊ることが多いような気がする」「今井のダンスの不思議のポイントは足の裏」という結論にとりあえず達した私だが、どうにもまだ腑に落ちない。

そこで、ふと脳裏に浮かんだのが「置きにいく球」という表現なのだ。
両手を上げる、手を振る、カメラを指さす、拳を固める、手をひろげる…といった「おかあさんといっしょ」の歌によくある振付を見ていると、他のおにいさん・おねえさんならリズムにのって勢いよくパッとかシュッとか動かすところを、今井は勢いを殺すようにして手や腕を動かしているような気がする。

「置きにいく球」ならぬ「置きにいくダンス」である。
そんなモノを置きにいったりしたら、いかにものたのたした動きになりそうなものだが、そうは見えず、ちゃんとキレの良いダンスになっているのが今井の不思議である。
前述の星野投手が抜群のコントロールと頭脳的な投球で「置きにいく球」をうまく生かしたように、今井もリズムに対するコントロールが良いのだろう。力の入らない省エネ風の動きで、きっちりリズムにのって踊っている。

そしてもうひとつ。
徳島県出身の今井は阿波踊りが得意であるという。
徳島新聞の記事によると、「最初から最後まで『イチ、ニ』の二拍子を体全身で感じ、流れるようにリズムを刻む」のが阿波踊りのコツなのだそうだ。

そう思って改めて見ると、今井のダンスも「イチ、ニ」の二拍子で流れるようにリズムを刻んでいるような気がするではないか。
言葉で説明するのは難しいのだけれど、たとえば「ぱわわぷたいそう」の最後の今井が両手を上げて左右に稲穂の如く揺れるところ。
「左─右─左─右」と4拍で揺れるのではなく、「ひだ・り─み・ぎ─ひだ・り─み・ぎ」と8拍で揺れているのではなかろうか。
そして、「ひだ・─み・─ひだ・─み・」と、うしろのアクセントが微かに強いのだが、強いアクセントから弱いアクセント、弱いアクセントから強いアクセントへは流れるように移行するのだ。
今どきの若い人は後ノリが身体に馴染んでいるので、アクセントがうしろにくるのは別段珍しくない。だから、他のおにいさん・おねえさんの場合は「ひだーりッ・みーぎッ・ひだーりッ・みーぎッ」という感じで揺れる。
だが、今井は「ひだ〜ぃ〜み〜ぃ〜ひだ〜ぃ〜み〜ぃ〜」なのである。

さて、ド素人があれこれ考えても詮無いことは承知で、今日も今井ゆうぞうのダンスの不思議の素について書いてみた。
「体内で正確な二拍子のリズムを刻みつつアクセント小さめで流れるように置きにいくダンス」というのが今日の結論である。トンチンカンでも笑わないでね。【み】

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