「茂森あゆみファミリーコンサート」見聞記

2月23日、日曜日。どんよりと曇った空の下、JR大宮駅徒歩15分「さいたま市民会館おおみや」を目指す。子ども未来クラブ主催「茂森あゆみファミリーコンサート」を観賞するためである。今回もShigemoristのA氏にご同行願った。

会場に近づくにつれ、小さなリュックを背負ったコドモを連れた家族の姿が目につくようになる。無論、主催者が主催者だけに覚悟はしていたが、こうして目の当たりにするとやはりへこむ。
会場入口では巨大なリスの着ぐるみが我々を笑顔で出迎える。といっても実際はずっと同じ表情だったわけだが。っていうか着ぐるみの表情が変わったらイヤだ。
着ぐるみが怖い私はリスに握手を求められたり頭をなでられたりしたらどうしようと不安に駆られたが、案に相違してリスは我々には見向きもせず、小さな観客たちの接待に忙しく立ち働いていたのだった。

座席を確保した後、ロビーといわず客席といわず、キーだのハーだの叫びながら駆け回る小さな人たち(とリス)を避け、喫煙所でしばし休憩。
しばらくすると、スタッフらしき男性が「もうすぐ手遊び歌を始めるので早く席につけ」と言うのが聞こえてくる。齢四十になってまで手遊び歌などしたいとは思わなかったのだが、客席が盛り上がっている最中に着席するのも無粋というものだ。あきらめて席に戻る。

唄うような調子で喋る司会の女性の紹介で、まずはアンパンマンとバイキンマンが登場。さらにおねえさんとおにいさんも舞台に現れる。司会者は確かに「おねえさん」「おにいさん」と紹介したが、どう見ても中年の男女である。
いや、おねえさんだろうがおばさんだろうが、そんなことはどうでもいい。問題はおねえさんの歌唱力にあった。キーボードの伴奏に合わせて唄うのだが、同じ歌を何度唄っても伴奏とは明らかにキーが全く違う。一緒におにいさんが唄うとまるでハモりを失敗しているかのように聞こえる怖ろしい歌唱力の持ち主。
今まで数々のETV出演者の歌唱力についてとやかく書いてきた私だが、今日ばかりはこれまでの暴言放言を心から詫びたい気持ちになったよ、ホントに。

さて、いよいよ開演である。まずロングドレスの女性が登場。舞台中央のグランドピアノの前に座る。ピアノの演奏が始まると、続いて白いフリルつきのブラウスを着た若い男性が現れ、朗々と「乾杯の歌」を歌いあげる。

そして、お待ちかね、茂森あゆみの出番である。
茂森といえば赤、赤といえば茂森。鮮やかな赤のドレスに黒いショールのコントラストが目に眩しい。
余裕たっぷりに唄う男性に比べ、少々緊張気味に聞こえる歌声ではあるが、高音部は綺麗に響き、喉の調子は良いようだ。ぶらぼー。

ここでメンバー紹介。ピアニストは大坪由里氏。茂森の武蔵野音大時代の同級生で、高校の頃から伴奏をしてもらっているという。そしてテノールは樋口達哉氏。樋口氏は武蔵野音大の2年先輩。二人とも現在はミラノを中心に活躍しているそうだ。
「大坪氏はコンクールで1位以外取ったことがない」とか、「樋口氏は声楽家の憧れの地・ミラノスカラ座で唄っている」とか、二人の華々しい経歴をせっかく茂森が紹介してくれているのだが、斜め後ろの小さな人が座席を蹴るのが気になって仕方ない。さらに、同じ列にいる小さな人が座席をトランポリンのように利用していて、とにかく落ち着かない。

2曲目は「わたしのお父さん」。舞台やテレビで何度も披露している茂森の十八番である。
1曲目よりもずっと声量豊か。1曲唄ってリラックスしたのだろう。鈴をころがすような茂森の歌声にうっとりと聞き惚れ……たいんだが、既に客席は大変な有様である。泣き叫ぶ赤ん坊、意味不明の音を高らかに叫ぶ小さな人。あまつさえ、後方からはミニカーを繰り返し床に走らせているような音まで聞こえてくる。

「今日は皆さんの知ってる曲がもしかしたら1つもないかも」。
大丈夫か、大丈夫なのか、茂森!

クラシック系の曲が続く中、ディズニーメドレーが入り、ほっと一安心。ディズニーなら小さな人もお好きだろう。
樋口氏とのデュエットで「ホール・ニュー・ワールド」(アラジン)。ソロの「星に願いを」(ピノキオ)。大坪氏のピアノソロ「いつか王子様が」(白雪姫)。再びソロで「ベラノッテ」(わんわん物語)。最後は樋口氏とのデュエットで「美女と野獣」。

だが、小さな人が好きなのは「ミッキーマウスマーチ」とか「ハイホー」とか「おおかみなんかこわくない」のようなリズミカルな曲ではないのだろうか。ここは一発、シングルもリリースしているアップテンポで盛り上がる「アンダー・ザ・シー」あたりをカマしておいた方が無難ではなかったのか。

案の定、小さな人たちの退屈度数はさらに上昇していたようだが、ワタクシ的には大満足。いずれも綺麗で可愛らしい曲ばかり。特に樋口氏とのデュエット2曲はため息の出るような素晴らしい出来映えだ。
こういうコンサートを見たかったんだよなあ。本当に嬉しい。小さな人たちのシャウト抜きなら言うことなしなんだが、今回は子ども未来クラブ主催のイベント。しかも、チケットはなんと1000円という破格の安値。文句を言ったらバチが当たるというものだ。言ってるけど。

「今日はこんなにお子さんがいらっしゃるとは思わなかったので、(選んだ)歌がちょっと違ってたかな?とか思ってるんですけど(笑)」というお茶目なトークも炸裂。
「子ども未来クラブ」で「ファミリーコンサート」なのに、なぜコドモがたくさん来ることが予測できなかったかは謎だ。

この期に及んで前方の席の小さな人がトーク中の茂森に向かって「だんご3兄弟!」と声をかけ、律儀な茂森は「だんご3兄弟♪」と一節唄って、声をかけた小さな人に「(ちょっとしか唄わなくて)ごめんね」と謝る声のそのチャーミングなこと。
「いいかな?ちょっとだけ。ね、いいですよね?」と舞台袖にいるとおぼしきスタッフに気をつかいつつ、4月から始まる新番組「クインテット」のOPテーマを口ずさんでみせるという嬉しいサービスもあり、Shigemorist至福の1時間。百点満点のステージであった。ただし、傍若無人な小さな人たちがいなければ二百点。

コンサート後半、隣席の小さな人から発せられるブルーベリーガムの強烈な臭いに危うく嘔吐しそうになった。もともと場内は乳臭かった上にオムツの濡れた気配もほんのりと混じってきていた頃である。そこにブルーベリーガムの臭いは反則だよ、もう。
いやいや、小さな人と一緒に行動しているオトナも酷かった。上演中にフラッシュ撮影する者あり、飲食物持ち込み禁止の客席でポテトチップスだのジュースだのにぎりめしだのを小さな人にあてがう者あり、号泣する赤ん坊を抱いたまま座席から動かぬ者あり…。ファミリーコンサートというのはこういうモノなのかもしれぬ。だが、いくら小さな人を連れていてもパブリックスペースをお茶の間にしちゃいかんだろう。最低限のマナーは守ろうよ。ホントに。

オペラ、ディズニー、日本の歌曲とたっぷり唄って1時間。多少問題もあったが、いやいや、それがいかほどのことであろうか。声の伸び良し、演奏よし、テナー良し、トーク持ち味全開、選曲も最高。ドレスのスリットからのぞく美脚に眼福。素晴らしい1時間をプレゼントしてくれたさいたまに幸あれ。【み】

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