「おかあさんといっしょ」の“魔法”

古い話で恐縮だが、4年ほど前、「おかあさんといっしょ」のイベントが近所で開催された折、我々東京福袋(みやした・吉野)が日頃より懇意にしている1歳児と一緒に観覧に行ったことがある。この1歳児、まだ思うように喋れず、しかし思うことは山ほどあるようで、普段から「きー」だの「たー」だの主張ばかり強く、落ち着きないことこの上なし。しかも空腹感や尿意を覚えると片時も黙っておられぬ男である。

初めて参加する「おかあさんといっしょ」関係のイベント。このような難儀な同行者と一緒に入場して、せっかくのイベントの雰囲気を壊しはしないだろうかと不安だったわけだが、いざ着席してまわりを見渡すと同じような年代の観客も少なくなかったし、さらに彼よりちょっと上の世代の観客たちは通路を走り回ったり隣席同士で口論してたり意味不明に暴れている者もいる。
あちらこちらから発せられる奇声、それを叱りつける大人の声。なにしろ騒がしい。私は騒がしい場所は苦手なのだが、こちらには理屈の通らぬ1歳児連れという負い目があるゆえ、かえってほっと一安心である。この調子なら、多少我らが1歳児が暴れても、周囲は甘く見てくれるに違いない。助かった。

さて、いよいよ幕が上がり、当時の歌のおにいさんとおねえさん(速水けんたろう、茂森あゆみ)、体操のおにいさんとおねえさん(佐藤弘道、松野ちか)が登場。
「こんにちは!」という兄姉の挨拶に、会場は一斉に「こんにちは!」と挨拶を返す。
「みんな、元気ですか?」と問われれば、「はーい!」。
無論、我々が懇意にしている1歳児のように、「こんにちは」ではなく「なー」などと挨拶している者もいたが。
テレビでおなじみの曲目が唄われ、会場が唱和する。歌のお兄さんやお姉さんが手をたたけば一緒に手をたたき、「もっと大きな声で!」と煽られれば会場の声のボリュームが一斉に大きくなる。この統一感。開幕前の大混乱が嘘のようである。

途中、「ねこなでちゃった」という曲をフューチャーしたミュージカル仕立てのコーナーがあったのだが、ストーリーものは1歳や2歳のチビどもには少々荷が重いらしく、このあたりになると、整然としていた観客たちの集中力が途切れてくる。
しかし、人形劇「ドレミファどーなっつ!」の4匹衆が登場した途端、会場のテンションは一気に上昇、睡魔に襲われつつあった1歳児の目も舞台に釘付けである。「おかあさんといっしょ」、おそるべし。みど・ふぁど・れっしー・空男、おそるべし。

速水&茂森時代の「おかあさんといっしょ」を見ていて不思議だったのが、「無茶な盛りの3歳児が何十人も集まっている中、なぜ整然と番組が進行するのか」ということだった。唄っている時やトークをしている時、あるいは体操をしている時に、邪魔をしにきたり泣いたり暴れたりしている子はごく少数で、ほとんどの子供は静かにしている。

先のイベントに同行した1歳児が4歳になったばかりの頃、収録現場を見学する機会に恵まれたのだが、速水、茂森、佐藤、松野が現れた途端、それまで落ち着きなく走り回っていたチビどもが、兄姉の指示に素直に従うのには驚いた。
3歳から4歳といったら、親や先生の言うことにいちいちさからう年代だが、テレビで毎日楽しい歌やお話を聞かせてくれるおにいさんおねえさんの言うことは、それはもう絶対であるらしい。

収録中、子どもたちを世話する係のスタッフが数人いて、泣き出してしまった子やセットから逃げ出してしまった子のフォローをしており、彼らの存在が番組収録がスムーズに進行する大きな要因の1つではあるのだが、それにしたって、暴れん坊の3歳児を笑顔で操る「おかあさんといっしょ」のおにいさんおねえさんの神通力は凄い、としみじみ思ったものである。
「おかあさんといっしょ」マジック。“魔法”としか思えぬ。

さて、99年の4月から、歌のおにいさんとおねえさん、体操のおねえさんが交代し、番組の構成もリニューアルされたのだが、現在、スタジオの歌のコーナーは、先代の頃に比べると、かなり混乱しているように見える。兄姉がちょっとしたトークをしてから歌に入るという形式は、先代の頃と同じ。ただし、先代は、このコーナーに4人の兄姉が出演していたが、現在は杉田あきひろ(歌のおにいさん)、つのだりょうこ(歌のおねえさん)、佐藤弘道だけ。この3人に加え、4月から登場したスプーというぬいぐるみが参加している。

このスプーがなかなかの曲者なのである。

いかにも小さな子供が好きになりそうな造形のこのぬいぐるみ、歌のコーナーの最中もスプー目がけて突進していくチビの姿が絶えない。たいていスプーの丸っこい身体に何人かの子供がぶらさがっている。無論、そのあたりは充分計算済みというか、そうなってほしいという制作側の意図があるのだろうが、4月から登場したばかりでまだまだ堅さの目立つ杉田とつのだが必死にトークや歌をこなしている間も、スタジオの子供たちの何割かはスプーにすっかり夢中である。
子供たちにとってスプーはそれほど魅力的ということなのだろうが、歌のコーナーを見ていると、バタバタしていてどうにも落ち着かぬ。今後、現お兄さんお姉さんの“魔法”の力が強化されれば、もう少し落ち着くやもしれないが。

つのだが、番組エンディングの歌「スプラッピ スプラッパ」の途中で、拳をぱっと開くのを繰り返す仕草をする(杉田も同じ振りで踊っているが、つのだの動きとは微妙に違うように見える)。おそらくラッパを吹いている仕草をしているのだろうが、当サイトの相方の吉野に言わせると「あれは、“つのだ粉”を子供たちにかけている」。
交代したばかりでまだまだ視聴者への馴染みが薄いつのだが、子供たちを自分の虜にするため魔法の粉をかけている、らしい。
この“つのだ粉”がすべての視聴者にいきわたった時、かつての整然とした「おかあさんといっしょ」の世界が蘇るのかもしれない。【み】

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