歌のおねえさんの“シアワセ”

「おかあさんといっしょ」には一種独特な世界観がある。

たとえば、出演者の表記。
メディアや時期によって例外はあるが、主に“お兄さん・お姉さん”ではなく“おにいさん・おねえさん”と表記される。
幼児番組だからヒラガナで書くのは当たり前…と考える人もいるかもしれないが、先代の体操のおにいさん・佐藤弘道の場合、“弘道おにいさん”と表記されていたのである。
決して読みやすいとは思えぬ“弘道”という漢字+ヒラガナの“おにいさん”。“おにいさん・おねえさん”表記は「幼児番組だから」という単純な理由では片づけられないのだ。

また、歌のおねえさんに、新卒あるいは大学在学中の女性を起用することが多いのも特色のひとつである(歌のおにいさん、体操のおにいさん、体操・ダンスのおねえさんには、主に芸能界でのキャリア、あるいは社会経験のある人材が起用されている)。
言ってみればずぶの素人。素人に番組の顔ともいえる歌のおねえさんを任せてしまというのは、考えてみれば凄い話である。しかも、月曜から金曜まで(昨年度までは月〜土)毎日唄ったり踊ったり幼いコドモ相手にゲームをしたりするというハードワーク。
歴代の歌のおねえさんたちの努力の賜物といえるが、50年近く続いている番組ならではのノウハウの蓄積の威力ともいえよう。
そして、番組に出演中の歌のおねえさんは、タレント事務所に所属するわけではなく、NHKがマネジメントをしているらしい。

語弊を承知で書くのだが、まるでNHKというお屋敷に奉公に上がっているかのように見える。
お屋敷で行儀見習いをしながら嫁入り修行を兼ねて働くように、歌とダンスのレッスンやコドモに対するふるまいを学びつつ毎日毎日笑顔で番組にご奉公。
登場した頃は表情が堅かったり歌やダンスがたどたどしかったおねえさんも、番組を卒業する頃には、見事に貫禄がつき、ファミリー向けのイベントの立派な即戦力となる。初代の眞理ヨシコをはじめとして、しゅうさえこ、森みゆき、神崎ゆう子……と、ファミリー向けイベントや子どもの歌の世界で活躍中の歌のおねえさん卒業生は多い。

そんな中、異彩を放つのが先々代の茂森あゆみである。

武蔵野音大在学中に起用された茂森は、歌のおねえさんを6年務め、番組卒業の翌月、すぐにホリプロ(文化人・スポーツ選手部門)に所属。
子どもやファミリー向けの仕事もあるが、それ以外の一般向けのドラマ・映画・舞台出演、CM出演、写真集・イメージビデオ発売といったいわゆる芸能人としての活動が目立って多い。
なんといっても、茂森には際だった美貌がある。それに加えてタレントとしての資質、本人の意思、コネクションなども関係しているのかもしれないが、老舗の大手芸能事務所であるホリプロが契約を結んだということは、彼女がタレントとして充分使える人材…平たく言えば「金になる」と判断したのだろう。
なぜなら、1999年のメガヒット「だんご3兄弟」の歌手だからだ。

「おかあさんといっしょ」という番組の中では、毎月毎月発表される歌のひとつに過ぎず、茂森はたまたまその月に歌のおねえさんを務めていただけである。
しかし、CDが発売され、それが370万枚も売れてしまった結果、マスコミや一般人にはCDにクレジットされている「速水けんたろう・茂森あゆみ・ひまわりキッズ」が「だんご3兄弟」の歌手として認識される。
そして、「だんごのお姉さん恋人発覚」だの「だんごのお姉さん結婚」だの「だんごのお姉さん入籍発表」だのと、仕事とは全く関係のないプライベートな事柄までもいちいちマスコミに取り上げられることになった。

さて、7月3日、公式サイトで「結婚しました」というファンへの直筆のメッセージを公開したつのだりょうこ。
“だんごのお姉さん”茂森あゆみの後を受けた18代目歌のおねえさんである。
「だんご3兄弟」のCDの発売が1999年3月3日、茂森からつのだへの交代が4月。翌5月には番組内でつのだも「だんご3兄弟」を唄っているのだが、その年末の「紅白歌合戦」や「レコード大賞」では、既に番組を卒業している速水と茂森が「だんご3兄弟」を唄ったため(CDのクレジットのせいだろう)、ますます世間では“「だんご3兄弟」は速水と茂森の歌”という認識が深まったに違いない。
1999年度の「流行語大賞」の授賞式に出席した程度で、あの恐るべき「だんご」ブームにはほとんど巻き込まれなかったつのだは、4年間歌のおねえさんを務めた後、現在、ファミリー向けのイベントや子ども番組などで活躍している。

公式サイトでの結婚発表の後、ニュースサイトや新聞をチェックしているのだが、「つのだりょうこ結婚!」という記事を見つけることができない。よほど小さな記事なのかあるいは全く報道されていないのか定かではないが、それほどまでに一般的な注目度は低いということだろう。
茂森、つのだ両名に、どのようなタレント指向やどれだけの「目立ちたい」という思いがあるのかは私は知らない。
しかし、交際中の相手とのデート現場を写真誌に狙われたり、過去の恋愛関係を暴露するような飛ばし記事を書かれたり、結婚・出産というプライベートな事柄を大きく報道されるのと、ひっそりとファンや身内だけに温かく祝福されるのでは、一体どちらが幸福なのだろう。二人の結婚についての対照的な報告に、ふと、そんなことを思ったりした。

これは全くの“たられば”なのだけれども、もし、あの「だんご」ブームさえなかったら。
茂森はホリプロに所属することもなく、結婚も出産もたいして注目されず、せいぜい「あのキレイな歌のお姉さんは今!?」ってな感じでバラエティ番組にたまに顔を出し、普段は「おかあさん」時代の歌や童謡・歌曲などを唄うコンサートで全国を回っていたりしたのではないか。
確かに写真集もイメージビデオも蜷川演出の舞台やドラマへの出演も嬉しかった。文句を言ったらバチが当たる。けれど、あの明るい笑顔や高い高い“あゆみジャンプ”や美しい歌声をこぢんまりした会場で頻繁に聴けたら…とも思うのである。
無論、今、茂森の仕事がほぼ休業に近い状態で、ほとんど露出がないからこそこんな風に感じるのだろうけど。

最後に。
自分の誕生日に直筆メッセージというなんとも小粋な演出で結婚発表をしてくれたつのだりょうこさん。
ご結婚おめでとうございます。どうか末永くお幸せに!【み】

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