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陽のあたる家族

陽のあたる家族

このブログでは、主に昭和期に製作された英映画社 (1927-2009) の作品およびチラシの画像を紹介しています。古い資料が多く文字がつぶれて読みにくい箇所があるため、文字起こししたテキストを添えています。
なお、当時と現在では考え方やさまざまな環境が違うこともあり、今見ると非常識に思える部分がありますが、歴史的な資料として、誤字や旧仮名遣い等も含めできるだけそのままの形で掲載しておりますことをあらかじめご了解ください。また、掲載されている住所や連絡先は当時のものですのでご注意ください。

目次

データ

1983

「陽のあたる家族」

1983(昭和58)年
企画:貯蓄増強中央委員会
製作:株式会社 英映画社
カラー32分

製作服部悌三郎、長井貢
脚本・演出青山通春
撮影江連高元
照明浅見良二
美術永沼宗夫
音楽真鍋理一郎
録音加藤一郎
効果小森護雄
演出助手鈴木康敬
記録槙坪千鶴子
現像東洋現像所
出演なべおさみ、岩本多代、真木小苗、松邨多美夫、大村美樹、吉村光弘、原ひさ子、和沢昌治、稲川善一、益田愛子、飯田テル子、杉本親寛

チラシ

陽のあたる家族
陽のあたる家族

チラシのテキスト(文字起こし)

内容

 中学2年生になる小田明はギターが大好きで、毎日ギターばかり弾いていて母を心配させている。しかし今持っているギターは初心者用の安物で、もう少し良い音のするギターが欲しくてしかたがない。だが父親は南部鉄器の鋳物職人で、腕は確かだが金儲けは決して上手ではないし、今まで共稼ぎをしていた母も失業している状態でおいそれと5万円も6万円もするギターは買って貰えない、友達の小林なんか、10万円もするギターを持ってるし、ステレオも買って貰ったという、何だ5万や6万のギター位いと思う。
 そんな不安定な明を心配した祖母のきよは父親や母親と相談して、明を老人会の慰安会に引張り出す事を考える、慰安会で明に得意のギターを弾かせようというのである。明はギターで民謡や演歌を弾くことも出来ず年寄り達の喜ぶものなど出来ないというが、結局、妹の典子たちも一緒に行 って明の伴奏で唱歌を歌うことになる。
 そして当日、公民館の広間に集った数十名の老人たちは、明のギターの伴奏で精一杯うたをうたった。心を込めて一心にギターを弾く明、精一杯声をはり上げて歌う老人たち。その感動は静かに老人たちから明に、明から老人たちにと伝わり、盛大な拍手のうちに終った。明は老人たちが思いもかけず、自分たちの音楽に感動してくれた事に深い感銘を受けるのだった。
 そんな明にギターを買ってやりたくなった父親は、明の夏休みに、アルバイトとして自分の鉄瓶作りを手伝わせ、そのお金でギターを買うようにと鋳造所に明を連れ出す。
 明が見た父の仕事はきびしいものだった。 神経を張りつめた緻密な鋳型作り、滝のような汗を流す鋳造作業——
 やっとアルバイトを終えてお金を握った明だが、父の汗を見た明にはホイホイとその鉄瓶が二つ三つ買える5万数千円のギターは買えなかった。その夜、古いギターを弾く明の脳裡には老人会で自分のギターに感動してくれた老人達の姿が次々と浮び上るのだった。
 老人会では、足の不自由な老人たちのためにと、車椅子を買うために零細なお金を貯めているのだった。 数日後、一家は中尊寺に遠足に出かけた。金色堂の巧緻で豪華絢爛たるその内部。
 それを見ながら父は、鋳物屋に小僧になったばかりの頃これを見て、何百年も昔の職人のやった事に深い感銘を受け、よし自分も日本一の鉄瓶作りになってやろうと決心した事等を明に話して聞かせる。
 その後、弁当を食べながら、明は父に、典子や昇たちが小遣いを貯めて老人会に寄附するのと一緒に自分のアルバイト料も寄附しようと思うと言い出して驚かせる。
 明のギターを聞いて喜んでくれた老人達も皆んな父のように汗を流して長い人生を頑張って来た人たちだ、その人達の中に足の不自由な人がいるんだと明は感じたのだ。
 心が不安定だった明も、何時の間にか立派に成長してくれたのだ。
 「そうか、お前が考えた事だ、お母さんだって反対しないだろう」
 と、父は母をふり返った、母も祖母もにこにこしてうなずき合うのだった。
 はしゃぎまわる子ども達を先頭に、晴ればれとした笑顔一杯で帰途につく一家に明るい初秋の陽が降り注ぐのだった。

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