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わが青春の早稲田

わが青春の早稲田

このブログでは、主に昭和期に製作された英映画社 (1927-2009) の作品およびチラシの画像を紹介しています。古い資料が多く文字がつぶれて読みにくい箇所があるため、文字起こししたテキストを添えています。
なお、当時と現在では考え方やさまざまな環境が違うこともあり、今見ると非常識に思える部分がありますが、歴史的な資料として、誤字や旧仮名遣い等も含めできるだけそのままの形で掲載しておりますことをあらかじめご了解ください。また、掲載されている住所や連絡先は当時のものですのでご注意ください。

目次

データ

1985

早稲田マン必見のビデオ!
「わが青春の早稲田」

1985(昭和60)年
製作:日本ビクター株式会社、株式会社 英映画社
ステレオ/カラー70分

製作福田千秋
宮下英一
監督肥田侃
撮影江本隆
音楽小沢直与志
照明藤井友之
V・E明鹿野崇
製作補内海穂高
資料撮影小林治
ナレーター伊藤鑛二
協力早稲田大学、早稲田大学校友会、朝日新聞社、毎日新聞社、NHKサービスセンター、映像プロ、協同広告
製作協力パピック、東洋現像所

チラシ

わが青春の早稲田
わが青春の早稲田

チラシのテキスト(文字起こし)

早稲田スピリットとは?
早稲田の思い出――。
このテーマを早稲田大学の著名OB20数名にぶつけてのインタビューと早稲田大学の歴史をドキュメンタリー風に綴ったビデオ

出演者名(50音順)

飯田新一(高島屋社長) S9・卒
伊藤裕子(四谷事務所代表) S32・卒
井深大(ソニー名誉会長) S8・卒
興津要(教育学部教授) S24・卒
加藤一郎(理工学部教授) S25・卒
河竹登志夫(文学部教授) S25・卒
鯨岡健(演劇博物館長) S17・卒
郡司正勝(名誉教授) S14・卒
坂本朝一(元NHK会長) S14・卒
佐古一(大成建設社長) S14・卒
Stephen Church(ビジネスマン) S54・卒

竹下登(衆議院議員) S22・卒
堤義明(西武鉄道社長) S32・卒
友田信(キングレコード社長) S11・卒
西原春夫(総長) S25・卒
日比野弘(早大ラグビー部監督) S33・卒
平山博(理工学部教授) S19・卒
広岡達朗(西武ライオンズ監督) S29・卒
松本幸四郎(歌舞伎俳優) S36・卒
山田由紀子(弁護士) S48・卒
吉永小百合(女優) S44・卒
李恢成(作家) S35・卒

解説

 “受験戦争”という言葉が聞かれるようになってから、もうずい分たったように思います。戦後の学制改革なるものによって、駅弁を売るほどの駅を持つ都市にはほとんど大学が設置されました。いわゆる“駅弁大学”です。それにともなって進学率もまた高くなりましたが、特に“ベビーブーム”世代の人達がブルドーザーの隊列よろしく中学、高校、大学と進撃を始めたとき“受験戦争”はピークに達したのではなかったでしょうか。
 そして良い大学に入るためには良い高校へ。良い高校に入るためには良い中学へ。更に良い小学校、良い幼稚園へと、“親心”は果てしない泥沼を、愛する子供達のために用意してやっているとしか思えません。
 当然、予備校や進学塾が林立し、その有名予備校へ入るために浪人する学生も少なくないとも聞く今日このごろです。しかもその間に身につけるものは受験技術でしかなく、知識の詰め込みでしかないというのが一般の評価です。
 今や大学進学もファッションでしかなく、日本人の弱い流行に過ぎないのでしょうか。
 そんな中で「大学は真に大学としての役割を果たしているだのだろうか?」
 とりわけ「大隈重信侯が、学の独立と、現世を忘れぬ久遠の理想を身につけた人づくりをめざして創立した早稲田大学は、私学としての存在価値を持ちつづけているのだろうか?」
 「戦後の学園紛争の中で、過激ではあったとしても自校の学生達を官憲の手にゆだねた、あの幻滅の母校は息を吹き返したのだろうか?」と、疑問を持ちつづけていました。
 したがって、「創立百年を経た早稲田大学を見つめなおそうとする」この作品に参画することは、私にとっても非常に意義のあることでした。
 現在活躍中の先輩・同窓各位に、「真の早稲田スピリットとは何か?」ということを中心に、インタビューを試み、生の声でお答えをいただきました。そして私は、「早稲田スピリットは死んでいない」ことを確認することが出来ました。
 早稲田をめざす諸君、あるいはそうした子弟を持たれる皆さんが、ぜひこの作品によって、もう一度、早稲田大学の本質を見極められることを期待して止みません。

インタビュー雑感   肥田侃

「あなたは早稲田に何を求められましたか?」
「在学中に最も記憶に残っていることは何でしょうか?」
「早稲田スピリットとは何だとお考えでしょうか?」
「これからの早稲田像はどうあるべきだとお考えですか?」
 インタビューを快く承諾してくださった皆さんには、すべて以上の同じ質問をしました。
 何分にも名実共に社会的な活躍をされていらっしゃる皆さんですから、大変お忙しくて、スケジュールを調整していただくのにずいぶんご無理をお願いしました。二十三名の皆さんの取材を終了するまでに、約半年を要したことからもそれはお分かりいただけると思います。
 時には大先輩であったり、また時には後輩であったりしましたが、共に同窓であるという気安さからか、実に温かい雰囲気の中で、腹蔵ないご意見を聞かせていただけました。
 マスコミの世界を通じて、私達が何となく抱いていた——というよりは抱かされてしまっていた——イメージとは大分違うなと、その人間味の豊かさに改めて感服する方々ばかりだったことも、すばらしいことでした。それはけっして早稲田人としての身びいきからだけではありません。
 そのような方々が選ばれた早稲田、そして早稲田がその方々にプラスしたはずの“α”といったものが、この作品では描かれていると思います。
 それは第一に、人間としての魅力のある皆さんに出会えたこと、第二に、生の声でお話しいただけたことによると信じています。
 いま私の心の中には、ご出演いただいた方々が、単なる早稲田の同窓としてだけではなく、忘れ難い人々として焼きついています。
 必ずや皆さんも、ここに収録された人々と親しく語り合う思いと、満ち足りた心を味あわれるに違いありません。
 そしてあなた方の感情や心理状態の移ろいによって、答えのニュアンスもまた微妙に変ってくることにお気づきになるはずです。つまり、この一編のテープあるいはビデオディスクの中には、早稲田大学そのもの、早稲田で育まれた豊かな人格達が、あふれださんばかりに収められているということをも実感されると信じています。

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