[20C-0010]婦人公論 1968年3月1日号

「20世紀バックナンバーズ」は、昭和中期頃の雑誌に掲載されていた記事を現代の視点で楽しむコレクションです。なにぶん古い雑誌から収集した記事ですので画像に汚れや破れが目立ちますが、何卒ご容赦ください。

誌名 婦人公論 3月1日号
出版社 中央公論社
発行日 1968(昭和43)年3月1日
表紙 構成と撮影:中村正也/モデル:小泉弥生

女子高校生に人気のある会社とは?

ヨシノこの号の特集が「すばらしい仕事の世界」で、この記事も次の記事も就職に関する内容になっている。
男女共同参画白書によれば、昭和43年当時の短期大学や大学への進学率は合計しても10%をわずかに超える程度、女子高生の9割近くは卒業後就職をしていた時代だ。現在では「女子高生に人気のある会社」では記事にならないが、当時はかなりの需要があった記事といえよう。この記事で名を挙げられたのは「三井物産」「三菱商事」「丸紅飯田」「八幡製鉄」「旭化成」「日本航空」「日本輸出入銀行」「伊勢丹」「出光興産」「エーザイ」の10社だ。女子高生が一流企業に就職できる時代だったのだ。
評論家の樋口恵子はこの結果について、「銀行は残業の多さ、デパートは帰りが遅く日曜に休めないため不人気だが、伊勢丹は業界内でいち早く週休二日制を取り入れたため人気が高い」と分析している。
一方採用基準についてだが、不合格の理由として「近眼、太りすぎ、背が低いなどの身体的条件」「片親、戸籍上の問題、収入が少ないなど、家庭内の問題」が挙げられている。ひどい時代だ。記事を書いた樋口でさえ文中で「これからの女性は、職場におけるよきはたらき手であることがすなわちよい奥さんたりうるのだと言いたい。」と書いており、就職は結婚の手段のような認識である。その後50年経過した現在、こうした状況は改善されたか、されていないか。

居心地のよい会社わるい会社一覧とは?

ヨシノ特集「すばらしい仕事の世界」、次の記事は「居心地のよい会社わるい会社一覧表」。婦人公論編集部のアンケートに回答した316社のデータが掲載されている。アンケートの項目は「女性職員総数」「職員男女比」「平均勤続」「最長勤続」「最高職位」「高卒初任給」「短大卒初任給」「大学卒初任給」「定年」の9項目。
「職員男女比」が高いのは伊勢丹(69.0%)、松坂屋(63.7%)、雅叙園観光(60.0%)、蛇の目ミシン(59.0%)、服部時計店(59.0%)、古河電気工業(57.0%)、大丸(57.0%)。業種としては商業、銀行・保険、繊維が多いが、その他の業種は20%台、30%台が多い。
「平均勤続」年数が長いのは大成建設(19.3年)、南海電鉄(18.0年)、藤田組(14.8年)、阪神電鉄(13.9年)、神戸電気鉄道(12.9年)となぜか建設、鉄道会社が多い。長いといっても40代まで働く女性は極めて稀という状況である。他の業種はほとんど平均勤続年数5年以下で、女性は20代なかばで退職していく状況だ。
「大学卒初任給」は帝人(33,200円)、富士紡績(32,247円)、三菱製紙(32,501円)、キッコーマン醤油(32,370円)が上位。全体的にみわたすと平均は23,000円といったところか。2015年基準消費者物価指数によれば1970年の消費者物価指数は現在の約1/3なので、現在の価値にすると初任給平均69,000円? え? 安すぎない? 何か計算間違ってる?

昭和43年のゴールデン・アロー賞

ミヤシタゴールデン・アロー賞というのは、昭和39年に日本雑誌協会の日本雑誌記者会、芸能記者クラブによって設立された賞で、平成19年度の第45回をもって終了している。
「おかあさんといっしょ」ファン的には「だんご3兄弟」が大ヒットした1999年に速水けんたろうおにいさんと茂森あゆみさんおねえさんが「話題賞」を受賞したのが印象深い。

この賞は、日本芸能界の技能の向上と、その育成、繁栄を願い昭和39年に日本雑誌協会の日本雑誌記者会、芸能記者クラブによって設立されました。「ゴールデン・アロー(黄金の矢賞)」のネーミングは、同記者クラブ加盟の各社からの募集により決定されたものです。
各年度で芸能界をもっとも代表する芸能人が受賞しており、今回で45回目を迎える伝統ある賞です。また、数ある「賞」の中でも芸能全般に渡ってその功績を讃える賞は他にありません。
また、第5回昭和42年度大会からは、グラフ賞が設けられました。他の各賞とは異なり、この賞は各社のカメラマンが所属する日本雑誌写真記者会が選考する賞です。この賞は、あくまでもカメラマンの目から見た“被写体賞”とも言うべきもので、その年度でもっとも雑誌のグラビアを飾り話題を提供してくれた「被写体」が受賞者に選出されています。
なお、同賞は、45回をもって終了しました。
日本雑誌協会 – ゴールデン・アロー賞とは

三船敏郎、浜美枝、日色ともゑ、ブルー・コメッツなどビッグネーム達が各賞を受賞しているが、よくわからないのが「取材協力賞」の水原弘夫妻。たぶん水原の奥さんも取材に協力的だったということなのだろうが、一般人であろう奥さんをわざわざ表彰するのは何故?……と思ったら、日本雑誌協会のサイトの「歴代受賞一覧」(PDF)を確認したところ「クレージー・キャッツとその奥さまたち」「勝新太郎・中村玉緒夫妻」「長門裕之・南田洋子夫妻」「宇津井健・千恵子夫妻」と6回のうち5回までもが夫妻連名受賞。どうやらもともとそういう賞だった模様。そして第6回で「取材協力賞」は廃止されたようだ。

婦人公論の「愛読者グループ」について

ヨシノ婦人公論を眺めていて「グループ便り」というコーナーを見つけた。「全国支部一覧表」に掲載された全国、海外の80以上ある支部から、読書会や講演会、文学散歩などの活動の報告が寄せられている。
この「支部」について調べたところ、婦人公論は古くから全国に「愛読者グループ」なるネットワークを組織し、本部と連絡をとりながら各地で活動を展開させており、現在でもそれが続いていることを知った。つまり婦人公論とは店頭の雑誌だけで完結するのではない、愛読者グループという特殊なシステムを含めた活動だったのだ。婦人公論は以前から知っていたが、こんな特殊な雑誌だとは知らなかった。
「札幌「白雪会」のあふれる生命力 : ある『婦人公論』愛読者グループの軌跡」によれば、婦人公論は1916年、嶋中雄作が「女性解放、男女同権をめざす、インテリ向け女性評論誌」として創刊した。そして嶋中は1931年、1934年の二期にわたり、新たな読者層を開拓していくために「全日本読者訪問・講演会」を実施、全国を北海道から満州、台湾に至るまで巡回し、これを契機に各地に愛読者グループが誕生したという。
また同書に、戦後はじめて愛読者グループ通信欄が復活した1952年1月号に掲載された「愛読者グループ規約(案)」が掲載されている。
「愛読者相互の知識の向上・親睦をはかり、婦人公論と表裏一体となって女性文化のために貢献する。」「10名以上の会員によって成立することとし、会員及び役員の名簿を本部に提出して支部としての承認を受ける。」「毎月1回例会を開き、婦人公論を中心とする批判討論、その他読書会・見学・ピクニック等を催す。」「通信連絡、その他会合に必要な経費は会員の納入する会費によって賄う。」「希望により地方別に年1回程度、本部より適当な講師または編集部員を派遣し、講演・懇談会を行うことがある。」
ここに愛読者グループの活動の概要があらわれている。
同書によれば平成にはいってからも新しいグループがいくつか誕生しているという。2011年当時の編集長三木哲男は愛読者グループについて最近、高齢化してきました。ネット化して若い人たちに参入してもらえるようにしていきたいですが、まだ手がつけられていません。このへんはこれからですね。」としている。愛読者にネットになじみのない高齢者も含まれる以上、簡単にネット化が進められないというのが現状なのだろうか。

「婦人公論 3月1日号」の目次