テレビをこじらせた東京福袋が書いた
ノンキなコラム集

[20C-0005]週刊平凡 1960年4月6日号

「20世紀バックナンバーズ」は、昭和中期頃の雑誌に掲載されていた記事を現代の視点で楽しむコレクションです。なにぶん古い雑誌から収集した記事ですので画像に汚れや破れが目立ちますが、何卒ご容赦ください。

誌名 週刊平凡 4月6日号
出版社 平凡出版
発行日 1960(昭和35)年4月6日
表紙 岡田茉莉子、ペレス・プラド

「マンボNo.5」でおなじみマンボ王ペレス・プラード。「表紙は喋る」によれば2度目の来日直後の撮影。60年3月から4月にかけて小倉、福岡、大阪、神戸、東京、名古屋で公演を行った。彼の足元にボンゴが置かれているのはお気に入りの靴をまだスーツケースから出していないから、とのこと。この年の3月10日に昭和天皇第五皇女、清宮(すがのみや)貴子内親王が結婚しているが、彼はこの時「清宮さまがご結婚ときいて『スガ』という曲をつくりました」と言っている。その曲がこちら「プリンセス・スガ」。

岡田真澄、ヨネヤマママコ結婚

ミヤシタファンファンの愛称で親しまれたタレント、岡田真澄の結婚記事。お髭のファンファン大佐が圧倒的に麗しすぎる。
お相手のヨネヤマママコは日本におけるパントマイムの草分け的存在。二人は翌年離婚しているのだが、岡田真澄のウィキペディアとヨネヤマママコのウィキペディアでは事情が違うのが面白い。

カンヌ映画祭で渡仏した際フランスの有名女優、マリー・ラフォレを虜にし、現地の新聞が「日本のプレイボーイにぞっこん」と写真入で大きく報道したため、これが日本に伝わり大騒ぎになった。(中略)岡田自身はこのゴシップが日本に伝わっているとは全く知らず、この騒ぎがもとでヨネヤマ・ママコとは翌年に離婚。岡田真澄 – Wikipedia

1960年、俳優の岡田真澄と期限付き結婚をするが1961年に離婚。ヨネヤマママコ – Wikipedia

そして、岡田真澄のママはインゲボルグ・シーヴァルセンという名前だと知る。ウィキペディアによるとデンマーク出身の翻訳家なんだって。知らなかった!
前妻が女優の藤田みどり、兄はコメディアンのE・H・エリック、息子は俳優の岡田眞善、姪はタレントの岡田美里、姪の娘は女優の堺小春、姪の元夫はタレントの堺正章、姪の元夫の父は俳優の堺駿二…という芸能一族。

 
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女性トリオコーラスグループブーム

ミヤシタ記事の冒頭で「今年は昨年にひきつづいてコーラス・ブームだということです」とある。紹介されているグループは以下の通り(写真左から)。

スリー・バブルス
千直子、山川智子、松岡圭子
豪州帰り。俳優座養成所出身。ラテンリズムをいかしてコミカルな曲が得意。
スリー・グレイセス
石井操、石井政江、長尾華子
ブルーコーツの小島正雄が育てた。ジャズ専門。とてもエレガントなチーム。
ダイヤモンド・シスターズ
谷三千子、井出富美江、朝倉陽子
東洋音楽学校出身。ラテンものに定評あり。
ブラック・キャッツ
横山悦子、西田滋子、武山昌代
コマーシャルソングで有名。服部リズムシスターズが前身。グッとお色気路線で歌謡曲専門。女性版マヒナスターズというカラーを狙う。
ザ・ポピーズ
朝比奈翠、九重和子、園城かがり
松竹歌劇団十二期生。ショウ専門。

「週刊平凡 4月6日号」より

ヨシノ今の女性アイドルグループっぽい。衣装は地味だけど。
「スリー・バブルス」の松岡圭子は解散後「松岡計井子」と改名し、ビートルズのカバーを主に歌い続けてきた。「ひょっこりひょうたん島 」の 魔女リカ役もつとめたとのこと。なおヘンリー・ミラーの妻ホキ徳田も同グループのメンバーだったということだが…。
「スリー・グレイセス」は「魔法使いサリー」「三時のあなた」のOP、「ミツワ石鹸」のCM曲など60年代生まれには耳なじみのある曲を多く手がけている。

先代時蔵の襲名披露

ミヤシタ三代目中村時蔵の次男、六代目中村芝雀が父の後を継いで四代目中村時蔵を襲名した時の裏ばなし的な記事。
今の五代目時蔵は四代目の長男。この記事に載っている写真を見ると、今の時蔵丈にそっくり。そして親子で手を繋いでいる写真だと、芝雀(四代目時蔵)が中村獅童に見える。獅童は四代目の甥なので似ていても不思議はないのだけれど。

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