テレビをこじらせた東京福袋が書いた
ノンキなコラム集

[20C-0003]サンデー毎日 1965年6月20日号

「20世紀バックナンバーズ」は、昭和中期頃の雑誌に掲載されていた記事を現代の視点で楽しむコレクションです。なにぶん古い雑誌から収集した記事ですので画像に汚れや破れが目立ちますが、何卒ご容赦ください。

誌名 サンデー毎日 6月20日号
出版社 毎日新聞社
発行日 1965(昭和40)年 6月20日
表紙 父と子 北大路欣也と市川右太衛門

ケネディ大統領暗殺事件容疑者の未亡人が再婚

ヨシノケネディ暗殺の犯人とされるリー・オズワルド。オズワルドについては現在も多くの情報が得ることができるが、妻マリナについてはウィキペディアにも数行の記述があるのみだ。
この記事は暗殺の2年後のものだが、この頃はマリナも時の人だったらしく、彼女の再婚が4ページにわたって報じられている。ソビエト亡命中のオズワルドとマリナの出会いと結婚、アメリカ帰国後の貧困生活、オズワルドの彼女への態度の変化、そして長女の誕生。記事は概ね彼女に好意的で、「彼女はだれにも好かれるし、知性を持った人です」「オズワルドの死はマリナにとっては救いだったかも」という親友の言葉を紹介している。そして彼女と結婚することになったケネス・ポーター氏のことも「オズワルドとはまったく対照的な男性だ」「勤勉で、静かな内省的なタイプ」「スポーツマン」と称賛、ひとり孫を奪われた形のオズワルドの母親だけが彼女に批判的な意見を述べている。
この記事の中で彼女は回顧録を執筆中とされているが、出版された記録は見つからなかった。
※追記:2022年3月現在、日本語版ウィキペディアに妻マリナの項が作成されていました。

芳紀21歳! “妖精”加賀まりこ

ミヤシタ加賀まりこの初舞台「オンディーヌ」(劇団四季)を報じる記事。加賀が演じたのは、騎士ハンスと恋に落ちて人間界へやってきた美しい水の精オンディーヌ。
この写真は下から煽るアングルなのでなんだか残念なことになっているけど、この号が発売された年に「美しさと哀しみと」(篠田正浩監督)、そして前年にあの「月曜日のユカ」(中平康監督)に出演しているわけで、向かう所敵なしの可憐な小悪魔っぷりを惜しみなく披露していた時代である。

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さて、ウィキペディアに映画女優として活動していた加賀が舞台に初挑戦するに至ったゴージャスなエピソードが載っていたのでご紹介。

20歳の時、次々に舞い込んでくる仕事と女性週刊誌がイメージだけで書く記事に嫌気がさし、人生をリセットする目的で半年先のスケジュールまでキャンセルして、単身パリに渡る。それまでに稼いだ金で豪遊のかたわら、イヴ・サン=ローラン、フランソワ・トリュフォー、ジャン=リュック・ゴダール、フランソワーズ・サガンらと交友する。
半年が経ち、金が底をつき帰国を考えていた矢先に国際電話で演出家・浅利慶太から「舞台に出るかい?」と舞台出演の打診をされる。帰国後、劇団四季の舞台『オンディーヌ』に出演。ウィキペディア

いやはや、なんという綺羅星の如き登場人物。おそるべし小悪魔。
ウィキペディアによると浅利御大から誘ってきたことになっているが(週刊文春 1997年4月24日/「家」の履歴書 加賀まりこ)、このサンデー毎日の記事では加賀から「オーディションをやった上で使うかどうかを決めてくれ」と申し出たとある。そしてオーディションを行った結果「満点ではないが、鍛えればなんとかなる」と考えて採用したのだという。真相はいずれにせよ浅利慶太がちょいとコネを効かせた感じ。だって1965年の加賀まりこだもの。仕方ないよねえ。
ちなみに「オンディーヌ」の相手役は今号表紙の北大路欣也。

 
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